夏の乙女。

ようやく夏らしい気温になって来ました。今年も暑い夏になるのでしょうか。

籐のトランクやバッグが揃ってきたのでご紹介を。

このようなバッグは 昔は女の子の憧れ・・・というかおしゃれアイテムだった気がします。テレビでは 白いワンピースに麦わら帽子をかぶり、籐のトランクを抱え バスに揺られておばあちゃん家で 夏休みを過ごす。地元の男の子と出会い、色んな経験を経て 少しずつ大人になっていく・・・。みたいな物語を見た記憶があります。だから 籐のバッグは夏の乙女のイメージです。

今では 小物をしまい、インテリアとして飾る方が多いようですが 本当はお出かけで使うといいのになぁ・・・と思います。仮に 乙女という頃をとうに過ぎていたとしても 乙女心は永遠ですから。いくら時代が変わったといっても 男が持つにはちょっと・・・女性だけが似合うアイテムですからね。

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ほおって置かれたものとの違い。

庭も緑が生い茂り、賑やかになってきました。バラの季節はもう少し、次々と咲き楽しませてくれるまで あと少しです。

でも、庭の手入れは大変です。自然相手ですから 思い通りにならないことのほうが多いですし、ほおって置いても花は咲くけれど 美しく咲かせるためには手をかけねばなりません。腰を犠牲にしてまで 頑張ることで本来の花の美しさを楽しむことが出来るのです。(雑草処理の際はどうぞ腰を大切に)

ある意味、うちで扱う古いものも同じことが言えます。いくら古さがいいと言えど 埃にまみれていては 私にはただのぼろにしか見えません。倉庫に仕舞い込まれ、埃にまみれたままでは 手入れのしていない雑草ぼうぼうの庭と同じだと思うのです。

物置やガレージに長年ほおって置かれたものでも くもの巣を払い、汚れを落としてあげるだけで いい味わいをもたらしてくれる存在になるかもしれません。ただのぼろか そうじゃないか。その違いは 手を掛けてあげれば それに応えてくれるかどうかにかかっていると思うのです。

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コレクションをインテリアに。

創刊間もない頃の雑誌「POPEYE」を見ていました。その号は インテリア特集で 男のこだわりインテリアが紹介されていました。当時、よく読んでいたとき 今でこそ有名になった あのおもちゃ収集家の方が ブリキのおもちゃのコレクションを紹介していた号の次号だったため、あるお部屋のそこここに ブリキのロボットなどが飾りとして置かれていました。事務所用のスチールロッカーを洋服ダンスの代わりにして・・・その上には 宇宙船のブリキのおもちゃを飾って・・・みたいに。

気がつけば その時の雑誌の影響で 古いおもちゃの収集に目覚めました。おもちゃといっても ブリキの質感や時間を経て変化する色合い、そして思いもしない動きをする不思議さは 大人をも惹き付ける魅力にあふれています。変な話、ちょっとしたアート作品に変わったといっても過言ではないと思います。少なからず、今まで集めたものは 自分の部屋のショーケースで大切に保管しています。でも、本当なら 普段のインテリアの一部として飾りたい気持ちもあります。リビングは かみさんの大事なもので溢れているかみさんワールドなので そこに割ってはいるのは遠慮しています。部屋に余裕が出来て もう少し空間のある部屋になったときは 自分のソファの脇に 小さなショーケースを置いて 取って置きの品が引き立つようにシンプルに飾り、インテリアのアクセントにしたい野望があります。いつ出来るかはわからないけど・・・。

そんな時は これくらいのショーケースが理想です。コレクションをインテリアに換えてくれるのです。

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二人シアター。

一人がけのソファが2脚入荷しました。昭和モダンなデザインの素敵なソファです。古いものとは思えないほど状態もよく 大切に使われていたことがわかります。1950年代創業の老舗家具メーカーのもので 現在でも高級家具を作り続けています。座った印象は 座面が少し低く、深く座ると背中を柔らかく包み込んでくれて すっかり体を預けることができます。まさにリラックスソファです。

どこかで座ったことのある感覚だな・・・と思い、考えをめぐらせていると・・・わかりました。足が伸ばせて、体を預けてゆったりできる 今の映画館の椅子の座り心地です。昔の映画館の椅子は 間隔が狭く、長時間座っているとお尻が痛くなり けして座り心地のいいものではありませんでした。でも、今の映画館の椅子は ゆったり鑑賞できます。映画をもっと楽しんでもらうために整えられた環境です。

映像作品の鑑賞方も随分と様変わりし、自宅で好きなものを選んで 高画質の大型画面で さながら映画館で見るように楽しめるようになりました。50年前には考えもしなかった変わり様です。もし、大型モニターが手軽に買えるようになったら シアタールームを設けることも標準になるかもしれません。

すでに その環境をお持ちの方には このソファはお勧めです。自宅にいながら映画館にいるような感覚で映像を楽しめることでしょう。まさに二人シアターです。

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ヴィンテージの香り。

私は今でもファイヤーキングをはじめ、アメリカのヴィンテージミルクガラスの食器が大好きです。流行していた時は 専門店があったりして 随分と人気がありました。復刻版が作られるようになり 又話題になるかな?と思っていましたが 当時ほどの盛り上がりにはなりませんでした。雑貨好きがこぞって買っていたのも 今は昔。現在では 本当に好きな人たちに 大切にされているのが現状です。

今も変わらず愛用できるのは ちょっと珍しくて 何処ででも手に入るものじゃないって言う希少性もあるけれど、本当のところは ヴィンテージの香りが感じられるって思ってるからです。古いものだから 臭いがするってことではありません。当時の香りが感じられるってことです。

ミルクガラスの食器がもっとも盛んに作られたのが1960年代です。大きな戦争が終わり、暮らしに豊かさを求める時代へと進んでいきました。テレビが普及し、暮らしの道具も近代化する中、仕事に追われる人たちのために 様々な娯楽も生まれました。映画や音楽はその際たるもので 人々の心を癒し、勇気付け 明日への活力となるものがたくさん生み出されたのです。

ミルクガラスの食器は そんな活気溢れる時代の香りを思い起こさせてくれます。日本ではもう少し後になるけれど 初めて食べたハンバーガーやフライドチキンの味は アメリカを感じさせ、あの映画の雰囲気に浸らせてくれました。80年代に入り、アメリカの古いロックやカントリー、ロカビリーやドゥーワップがラジオから流れてきて バドワイザーや7UPやコーラで楽しむ 陽気な夜を過ごさせてくれました。古きよき時代と言われましたが その当時の華やかさを感じさせてくれるのです。

古い時代は 映画や音楽でしか見聞きできません。でも五感を研ぎ澄ませば その当時の肌触りや香りだって感じることは出来るのです。ミルクガラスの食器は そんなヴィンテージの香りを感じさせてくれる素敵なものなのです。

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グラスベイクのマグは 容量が少し大きめ。同じ形のマグだけどプリントでこんなにも雰囲気が変わります。ポップだけど 派手すぎないのがいい。

夕焼けのデッキの椅子に座り、ラジオからかすかに聞こえるカントリーソングが流れる風景を思い描けば・・・そんなコーヒーの香りがしてきます。

 

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古くなった時に感じるもの。

江別に家を建てて はや25年が経ちました。あんなに綺麗だった家も随分傷んできています。まめに手入れをすればよかった・・・と思うけれど 実際にはなかなか・・・出来ただろうか・・・と感じます。家ができた時は たくさん空いていた土地も今では すっかりうまってしまって住宅街と変貌してしまいました。

新しく建った家はやはり綺麗ですが 同じ頃に建った家は やはり同じように古さを増していて原型のままの家はほとんど存在しません。雪の影響も大きく 冬が終るたびに傷みは進んでいくようです。古くてもいい味わいを持つ家を選んだのだけど 手入れをして、維持していくのは大変です。

家はやはり誰にとっても夢であります。どの時代もそうでした。テレビを見ていても コマーシャルで目立つのは 車と家です。憧れや夢が詰まっているからですね。でも、コマーシャルの家などは どこかの高級ホテルのような印象を受けます。その通りの家具や調度品に囲まれて暮らすことも夢の一つかもしれないけれど その通りできちゃう人ってどれくらいいるんでしょう。何も置かない暮らしや、ビシッとデザイナー家具が配置された暮らしって よほどこだわりや自分に芯がないと出来ないと思うのです。もしくは逆に 自分がどう暮らしたいかがわからない、専門家に決めてもらうのが楽だってこともあるように思います。

暮らしていれば どうしたって物は増えるし、古くなり そのままでいつまでも・・・という理想は はかなく頓挫していくものです。自分を知っている人は 自分で暮らしを作っていく楽しみを知っているわけで、何も置かない暮らしを羨ましくは思いません。むしろ、思い入れのあるものが増えることが喜びであり、生き方につながるのです。

古い家具や調度品には 個性があります。そこには 自分を刺激してくれる何かがあります。思いを馳せる素敵な時間を与えてくれます。家も人も年を取ります。それを受け入れて 何を思いながら暮らすのか・・・古くなった時に感じるものが 自分にとっての答えになるように 考えて行きたいのです。

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以前ご紹介したバタフライテーブルを広げてみました。部屋の中央に置けば 4人がけのテーブルに。壁際につければ 二人用の机に。お部屋にとってのいい景色と そこに佇む自分の姿が脳裏に浮かびます。渋くなりがちなので 可愛さを少しプラスして・・・いいヒントが浮かびそうな環境です。

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いちかばちか。

昔と今の企業の考え方って変わったなぁって、古いものを見ていてつくづく思います。

今は コストを抑え いかにたくさん売るか。ってことに重きを置いているメーカーが多い気がします。あくの強い個性は廃され、一般受けするものを生み出すことに躍起になっているような・・・。じゃ、昔のメーカーはギャンブル的かというと それはそうじゃない。やはり、一般受けするものは欠かせないものとして作り、特別な場面では 勝負に出るということが出来ていたんだと思います。つまり、市場がそういうものも受け入れる土壌がしっかりあったということなんだろうと思うのです。それに、同じものを作り続けて 飽きられては困る。次々と 新しく魅力的なものを生み出していく努力を続ける。そういうメーカーが市場を賑わせ、消費を促していたのです。各メーカーがそうやって来たんだから それはそれは華やか。今のそれとは 雲泥の差があると私は思います。

可愛いホーローのコーヒーポットと出会いました。あの月兎シリーズです。月兎といえば 現代でも人気のホーローシリーズですが 色のバリエーションはあっても、シンプルでフォルムの綺麗なものばかりです。昔は こんなプリントの施されたものがあったのか・・・とちょっと驚きました。かつて、古い金物屋さんから譲ってもらったベビーバスやバットやポットや水差しを販売したことがありましたが 色物はあっても どれもシンプルなものばかりだったからです。昔から 良いものでしたからシンプルでも充分魅力的でした。でも、あのシリーズから こんな可愛いのが出ていたとは・・・。

しかし、いちかばちかで作られたものではないと思います。市場に溶け込み ちゃんと評価され 受け入れられたものに違いありません。万人向けでは無いにしろ、むしろこの可愛さだからと選んだ少数派も必ずいたに違いありません。そんなものも作ってくれていたメーカーに 私は “さすが!”と思います。

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整理整頓。

うちの庭には 家具製作のご依頼や古い家具をリメイクするために 作業小屋があります。で、電動工具や作業に必要な工具、塗装関係の道具、ネジや釘などが 整理整頓されています。必要なものが さっと見つかり、取り出せるようになっています。あれどこだっけ・・・ってやっていると効率的じゃないからです。

暮らしの場面でも 使いたいものを何処に仕舞ったかわからなくなったりすると それだけで困ってしまいます。特に 滅多に使わない 工具類や薬の類、ちょっと使うだけのものの行方がわからなくなったりするものです。だから そういうものをまとめて整理整頓しておくことは大切です。だけど せっかくまとめておいてもそれを仕舞いこんでしまっては元も子もない。滅多に使わないのにね~って思います。

だから、収納道具は大事です。一目で何を入れたかわかるもの。例えば 昔はミシンなどは 嫁入り道具として何処の家にもありましたから 不意のボタン付けなどは朝飯前でした。でも、今は 趣味でやってる方以外は 裁縫道具などは 案外仕舞いこんでいるものの一つかもしれません。昔の ソーイングバスケットやお針箱は その典型的な収納道具です。引き出しが細かくて 使い勝手も良いと思います。ベリー色に塗装して可愛くしたので インテリアのお邪魔にもならないかと・・・。整理整頓しておけば いざという時 安心です。

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時を刻む。

私は 柱時計が大好きです。古いものと付き合うようになって 真っ先に手にしたのも柱時計でした。

家具や暮らしの道具が古いものなのに 生活の基準となる時間を管理するものも古いものであるべきと考えたからです。それに、カチコチと時が進んでいる音や時刻を知らせてくれるボーンという音色も いつしか無くてはならないものになっていきました。自分が生きて刻んできたものは 柱時計と共にあったのです。

そして、お店を始めて たくさんの柱時計をご紹介してきました。動かなければ意味が無いものですから 修理をし、調整をし 飾りではなく使えるものとしてしか店頭では販売していません。電池を入れれば進む時計とは違い、実際に使うには 少し面倒です。ネジを巻かなければ止まってしまうし、正確さも個体によって差があります。でも、それも含めて 古い時計の魅力だと思うのです。

そして、文字通り柱に立てかけたことから 柱時計と呼ばれています。昔は ネジを巻くのも一家の大黒柱であるお父さんの役割でありました。自宅でも お店でも柱時計のネジを巻く時 いつも思います。家の時間も お店の時間も こうやって巻いてあげなければ進まないのだと・・・。当然、柱時計が止まっていたって 時間が止まることはありません。黙って時は過ぎていきます。でも、家もお店も 自分が頑張って時を刻んでいかなければならないと 認識するのです。何もしなくても勝手に進む時計では そんな風に感じることは無いのではないか・・・。そう思ったりします。昔のお父さんも そう思いながらネジを巻いていたかもしれないなぁ・・・なんて 思うのです。

自らの手で ネジを巻きながら 自分の時を刻んでいこう。その傍らに 柱時計は欠かせない存在なのです。

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思いがあるから。

雑貨がお好きな方には それぞれの思いがあります。自分が暮らす家やお部屋がこうだったらいいな・・・と言う想いです。

それには 部屋探しから始まり、自分の家を持ちたいという夢に向かって 一歩ずつ進んでいくしかありません。お金をかければ いっぺんに出来るなんてことは絶対に無いのです。雑貨がお好きな方は 思いを積み重ねて 将来の自分のあるべき姿を想像・・・もしくは 具体的に選んでいるのです。知らないとだめなこと、見えてないと出来ないことがあることを知っているのです。

今ある環境に華を添えるにも 雑貨は大きな影響を及ぼします。でも、それはあくまでも短期的なものです。流行というものもそれにあたります。そういうものに惑わされず 自分らしくあるための材料は、なにも 雑貨だけではありません。様々に あること、経験すること、感じること、自分を形作るものを持つことでしか得られないものの中の たった一つに過ぎないのです。だから おざなりにはできないと思うのです。

お金をかければいっぺんにできることを私は否定しました。いっぺんにやることの無駄さを知っているからです。どんなに最初は素敵と感じても 10年もすればなにも感じなくなるものにお金をかけるべきではないのです。一つ一つに思い入れが無いことで そういう事態になってしまうのは目に見えています。だから、自分の想いを持って 探し歩くことが大切で、その時間が愛おしいものになるのです。

雑貨探しは 愛おしいもの。そう感じる時間を楽しみ続けたいのです。

お店には 新しいものが揃ってきています。こんな空間にしたいな・・・と思いながら 一つ一つ選んだものたちで出来ています。

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お気に入りの雑貨を眺めながら 好きなことを楽しむための環境を整えてみました。全てをリビングで完結できるわけではないので 狭くてもこんな場所が必要だと思うのです。

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このバタフライテーブルもかなり魅力的です。どんな雑貨が好きで どんな暮らしをしているのか想像できます。流れている音楽や その会話さえも・・・。

自分の暮らしもこうありたいな・・・そんな思いがあるから 見えてくるのです。

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«時間を手にする。