使う。その先に・・・

先日、愛車が急に壊れて 新しい車が来るまで代車を貸していただいています。壊れた車は 年式も古く、あちこちがたが来ていたので不便でした。そこに 最新型の代車がきたものですから、こんなにも進歩しているのか・・・と戸惑いを覚えました。まるで タイムスリップしたかなのような気分です。

技術の進歩は 人の暮らしを変えてきました。これからもどんどん変わっていきそうで 昭和生まれの私は 50年後・・・百年後の暮らしは 到底想像もつきません。今でさえ 戸惑うのですから、急激な進歩は 少し緩めるべきかな・・・そんな風に思います。最近のニュースを見ていても 人が作る社会の成長度は 技術革新とは反比例しているようにしか思えないからです。健康で長生き・・・その先に 何が待っているのかを思い考えることも 同じスピードでしなければいけない気がしているのです。

そんな風に思うのは こんなものと出会ってしまったからです。

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古い時計型タイマーです。コンセント式で 電池切れの心配もなく 比較的正確に時を刻みます。それに タイマー機能が付いていて 希望の時間に 通電させることが出来、ストップさせることも出来るのです。

例えば、冬の朝。寝る前に このタイマーに電気ストーブをつなげて 起きる少し前にセットしておけば 暖かいお部屋で目覚めることが出来ます。寝苦しい夏の夜には 扇風機をつないで 眠る時間に合わせセットしておけば 扇風機は自然と止まるようになるわけです。ストーブにも 扇風機にもタイマーなどが付いていなかった時代のものですから、当時としては画期的な商品。うまく使えば こんなに便利なものは無かったはずです。でも、タイマーが付き始め 便利な家電が生まれるとただの時計になり、その姿は 消えてしまいました。そして、危険な使い方がされ 火事の原因になったり、事故が起こるという事態があったのでは・・・と想像されます。使う人の 考え方で 便利で画期的なものから、そうじゃないものとして消えていったわけです。道具は 使う人の考え方で その姿を変えていきます。それは 今も昔も変わらない事実のような気がします。だから 使う人がしっかり考えなくては ならないと思うのです。

古いものですが まるで未使用品。機能もしっかり使えます。ただ、これは 古い物好きの あくまでも好奇心。実際に使うとすれば 時計としての役割になりそうです。デザインも素敵。時間もわりと正確。古い家具との相性で いい景色を作り出してくれそう・・・そうやって付き合っていければ かけがえのない時間を運んでくれるに違いないと思うのです。

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一つ一つで出来ている。

私の身の回りには 懐かしく感じられる古いもので溢れています。お店は 勿論のこと、自宅も見渡せば ちょっと珍しい古く懐かしいもので埋め尽くされています。

目を閉じて、幼少の頃を思い出せば 近所の駄菓子屋のおもちゃが並んだ棚とか 天井からぶら下がった偽物風の怪しいおまけとか ヒーロー特集が組まれた魅力的な雑誌などが作る賑やかな色とりどりの風景・・・プラスチックの昆虫バッヂが景品のくじ引きをやっていいものかと思い悩むざわついた心持・・・いつでもそんなワクワクしていた頃を思い出せるように・・・いや、もっと単純に そういう頃のものに囲まれていることで 気持ちが“安らぐ”というわけです。

でも、ただ集めるだけじゃなくインテリアに取り入れることで 今の生活環境が出来上がってきたのです。幸いにも 家族の理解も得られているような気がしているので この先も、ワクワクするような懐かしいものが きっと一つ一つ増え続けることになるでしょう。それは かけがえのないもの。簡単に処分できるようなものは 一つもないのです。

こんな風に 自分の暮らしは一つ一つの思い入れあるもので出来ています。積み上げてきて これからも積み続けます。ものが増える一方の傍ら、実は 増え続けるものは 物だけではありません。

好きな映画やドラマに触れて 湧き上がる感情や、一時の流行ではない音楽との出会い。いつでも読み返すことの出来る本の数々・・・時に自分を奮い立たせ、迷いを払い、前に進ませてくれる思い・・・自分を形作る何か。数には表せないけど 自分の中に積みあがる一つ一つの事柄。そういうもので 人は出来上がっていくものだと思っています。それが 生きることの目標なのだと思うのです。社会に貢献したり、誰かに影響を与えるものじゃないとしても 納得できたか否かで 生まれてきた訳としたいのです。

暮らしは 自分の思いや、一つ一つのもの達で形作られ 出来ています。それらに真剣に向かい合うことは 生きる証を見出すことになると大げさではなく 信じているのです。

休みの夕暮れ時・・・好きな音楽を聴きながら ウィスキーをちびちびと。バーで飲るのもいいけれど、自分のタイミングでリクエストしながら出来るのは 自宅ならではのこと。いい景色が広がる自分のテーブルで、一つ一つのお気に入りを目の前に 心も満たされていく・・・そんな時間は 自分で作るものなのです。

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ちょっと調子に乗りすぎて 酔いも深くなったと反省したら、転ばぬ先の杖・・・薬を飲んで就寝することにいたしましょう。Zzz・・・・・・

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時代。

来年、新しい天皇が即位され 新しい年号に変わります。私も もし生きていれば 昭和・平成・新年号と 3つの時代を生きることになるわけです。年を実感しますね。

私が多感な頃を過ごした昭和という時代・・・とても良かったな~という実感があります。古い不便な暮らしから、新しく 便利なものがたくさん生み出され その暮らしぶりの変化は 夢見る気持ちに匹敵するほど 劇的なものだった気がします。国民みんなが 明日を夢見て頑張る気持ちにあふれていた気がするのです。

ある意味、暮らしに不自由さを感じなくなって久しい平成の時代は 夢見る気持ちを自分で探さなければならなくなり、内面を育て 成熟しなければ夢を見られない時代になったのではないかという気がしています。ものの豊かさに満たされた後は 人の内面の成熟に 向かうべき。ということだったのかもしれません。そう思うのです。

でも、そんな時代を生きてきて 夢を見てこれたのは 昭和の時代のものと触れ合い、いろんなことを感じられたおかげだと思います。素敵な暮らしをしてみたいという 作り手と受け手の相乗効果が 景気を動かし、もっと便利に素敵にという 人の心が生み出したものたち・・・そこには たくさんの夢が込められていたと思うのです。

安くて、見栄えが悪くなければよし。という相互関係では 人の心は動きません。それが当たり前という考えにどっぷりつかってしまっては 日々は ただ流れていくばかりなのです。そんな時代は いい時代とは言いにくいと私は思います。

個人の好みに訴えかけて作られたものが溢れていた昭和という時代。きっと ものだけの豊かさではなく 人の感情の豊かさをも 育ててくれたのだと思います。来るべき新しい時代が そんな空気に満ち溢れることを心から期待したいと思います。

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好きなものに囲まれて。

お部屋の中にお気に入りの場所はお持ちですか?

何かに夢中になれる場所。もの思いにふけられる場所。何かをしようと考え、いい考えが浮かぶ場所・・・そんな場所が お部屋にあるといいと思いませんか?

お休みの日。何もすることがなければ 音楽でも聴きながら、寝転んで本でも読んだりすることも大事です。それがお休みですから。

ただ、「あれもしたい。これもしたい。」と考えを巡らせることは 案外時間がなければ出来ないことかもしれません。日々は 時間に追われるものですから、普段の暮らしの中では 「何かいいことないかしら・・・。」と思うところで止まってしまいがちなのではないでしょうか。だから、お休みは大事。そう思うのです。

仕事であれば やることは与えられるので、ただ遂行するのみ。でも、自由に考えることはとても難しく、自分のことでさえも 決められないものだったりします。何かに 夢中になって輝いている人を羨ましくは 思いつつも 自分に当てはめることの難しさは そこにあるのだと思います。

しかし、無理して見つけるものでもなく 何もなくてあせる必要もないことだったりします。「何かしてみたいな・・・」そう思う人のところだけに その思いつきは訪れるのだと思います。

でも、私は思います。好きな場所がお部屋にあり、そこで過ごす時間の中で 見つかることは きっと心からやりたいと思うことなんじゃないかと。自分が居心地がいいと思えるものに囲まれて、浮かぶ考えは 無駄になることはないのだと。だって、好きなものを選べる自分が居るからこそ出来ることなのですから。

好きなものに囲まれて過ごす時間は きっときっと、かけがえのないものを見つけてくれるに違いないと そう思うのです。

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ムードに誘われて。

オレンジの壁付けライトに 電球を入れてディスプレーしてみました。合わない場所につけると ムードがありすぎて 怪しい雰囲気が漂うのですが カラフルなキッチンには ぴったりです。
照明は 明るければいいものではないな・・・本当にそう思います。でも、この雰囲気は 実際には難しそう。普通じゃなく 独特な空間になりますから。
こんなキッチンで ムードに誘われて 味見がてら ワイン片手に料理するのも悪くない。ついついワインの量も増えそうな気がするのですけれど。

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お会いしましょう。

久しぶりに 家具の製作のご注文をいただきました。うちがオープンしたての頃からの大切なお客様からのご依頼です。絵本をしまう絵本棚とシンプルな本棚を・・・お孫さんへのプレゼントにしたいというお話でした。

現在、闘病中で病院からご連絡を頂いたこともあり 身を引き締めてお受けしたご依頼だったのです。しばらく お会いできていなかったので 心配をしていましたが ご連絡を頂き ほっとしたのと同時に、きっとご満足いただけるものにしなければ・・・という思いに駆られたのです。

久々の製作ということもあり、少し時間がかかってしまいましたが お約束の期日に間に合うことが出来ました。明日、お届けにうかがいます。お孫さんにも喜んでいただきたいのは 勿論ですが、やはり ご依頼主様に感想を頂くまでは・・・私の仕事は 終わったとはいえない気がしています。

どうか、またお会いできますように・・・元気を取り戻されて また必ずお会いしましょう・・・そして、その時には 出来栄えの感想をお聞かせください。それを楽しみに、楽しみにしています。

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忘れられない言葉。

私が田舎で暮らしていた学生時代、学校帰りに よく通っていた洋服店がありました。お店の店員さんと仲良くなり、洋服の話を通して いろんなことを教わっていました。洋服選びには基本があり それを知ることが大切だと教えてくれたのです。

当時、洋服にとても興味があったので 行きつけのお店以外にも行って見ることがありました。そこで 何気に手に取った あるブランドのカタログに いまだに心に残る言葉との出会いがあったのです。その言葉とは・・・

「洋服に迷惑をかけない体作りしていますか?」というものでした。それを読んだ時、愕然としたことを今でもはっきりと思い出します。

過去に 「なぜ時計も着替えないの?」というコマーシャルコピーについてもお話したことがありますが それと同じ・・・いや もっと圧倒的に自分に問いかけてきたコピーだったのです。

まず、コピーというのは 商品に興味を持ってもらうための言葉でなければなりません。ともすれば その言葉で 売り上げが変わってくるわけです。直接的なのか イメージ的なのか、その手法は様々で コピーライターが四苦八苦しながら 生み出す言葉だったりします。いわば、商品の良さを引き出そうとするためのものなのです。

でも、そのコピーは 洋服を選びに着ている人たちにとっての反面教師・・・誤解を受けかねない言葉だと その時感じました。洋服に迷惑をかけないって・・・単純に考えれば サイズに合わせた体系でないと この服は素敵に着れないのですよ。と言っている様にも聞こえますし、太っていては この服は着れませんよ。と言われているような気にもなります。そんな言葉を カタログの裏表紙に載せるなんて すごい!と感じたのです。

当時私は がりがりに痩せていて、着ようと思えばどんな服でも着ることが出来ました。でも、スポーツウェアーであるポロシャツを着ても 似合わないどころか むしろかっこ悪いと感じていました。ある雑誌を見たときに 「ポロシャツ選びは ワンサイズ小さいものを選ぼう。」とありました。定番のラコステのポロシャツの 袖のリブが二の腕にフィットするくらいが いいのだという意味だったのです。鍛え上げられた肉体をもつ スポーツマンが似合う服それがポロシャツというわけです。だから、がりがりの人が着たって似合うはずもありません。当然のことだと ポロシャツを着ることをあきらめざるを得ませんでした。

今の時代は 何をどう着たっていいじゃない。決まりごとなんか気にしない。という風潮しかありません。そんな時代には 生まれるはずのないコピーだと、いささか残念な気持ちにもなります。

「洋服に迷惑のかからない体作りしていますか?」それは 健康的にスポーツをたしなみ、仕事もバリバリこなし、程よく遊ぶ。そのために いい洋服を着ることが人生なのです。と伝えるためのコピーなのだと 一瞬にして感じることが出来た私は あの時、愕然とし 衝撃を受けたのです。

ポロシャツが似合う男になれるように 腕立て伏せなどをして二の腕を鍛えてもみました。しかし、長くは続かず やはり断念しました。でも、その言葉だけは いつまでも頭から離れず、今も 私の心のそこでくすぶり続けています。くしくも、雑貨屋を始めてからも 同じ言葉を唱え続けています。自分が 思い描く暮らしぶりに 近づくための努力を惜しまず出来ていますか?と。

ポロシャツ一枚満足に着ることをかなえられなかったことを 自分が好きなことであればいつまでも続けられると言い聞かせ、一歩一歩積み上げていくことで 必ず そこに辿り着けるはずだと思うこと。あの時の 言葉はそんな事を教えてくれたのだと感じています。

雑誌を見て、こんな素敵な暮らしがしてみたい・・・と思いながらも 自分なりに行動できなかったり、長続きしなかったり、興味が薄れていったり・・・そういう人は ポロシャツが似合うようになりたいと思いながらも 体を鍛えることを諦めた私と同じ。でも、長い時間をかけて 作り上げられるとしたら、「迷惑をかけない体作り」 いや、「思い描く暮らし方に近づく自分作り」きっと出来るような気がしてならないのです。

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花のある景色。

雪解けがどんどん進んでいますね。ようやく春がやってきます。あと一月もすれば 残雪のかげでひっそりと咲く花も見られることでしょう。

冬の間、安らぎを与えてくれた観葉植物。グリーンがあることで お部屋のいつもの景色を暖かくしてくれているようです。植物のある暮らしは やはりいいものです。

手間のかかりにくい アイビーやポトスがうちでは 長い間成長し続けています。ジャンクな家具と古いビンと観葉植物・・・そんな暮らしが うちには合っているのです。豪華な切花もいいけれど 植物との付き合いも人それぞれ。楽しみ方も それぞれです。

ただ、お花や植物は 育てることに重点を置くと、サボテン好きのお爺ちゃん家になりかねません。それは 目標とするところではないでしょう。お部屋の素敵な景色の一部として 植物は 重要なものだと思うのです。決して高価なお花でなくても 選ぶ暮らしの中で 生き生きと成長する様を見せてくれる・・・そんなことに 喜びを見出すための あえて選んだ暮らし方なのですから。

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ジャンクな鉢や使い古しのビンが似合う家具のある暮らし・・・素朴な花でいいのだから、背伸びはせず・・・花のある景色がお部屋にもあるといいですね。

そして、そんな景色を眺めるのは こんなテーブルでお茶を飲みながら・・・いいひと時を過ごせそうです。

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家族、それぞれ。

昨年、大学に入った娘は 無事 進級できるとのことで 今は 長い休みをエンジョイ中。でも、ほとんど家にいることもなく 毎日どこかへ出かけ、バイトにいそしむ毎日を送っています。サークル活動に盛んに参加し、いろんな人に出会い 様々な意見に触れ、色んな経験をつんでいるようです。親としては 勉強はしなくていいのだろうか・・・とふと考えたり・・・。今までの学生生活との違いに 戸惑う気持ちも無くはないこのごろです。

いろんな人との出会いは 彼女の人格形成にとって大切なことです。周りの環境が彼女の本質に影響を与え、肉付けされて 自分の考え方を持った大人へと成長させてくれるものと思います。今は 人生においてそういう時期・・・好きなことに没頭させてあげることが 大切なんだろうと思うようにしています。が・・・

自分の意見を持つことは 大事!と思いながらも、この方がいいんじゃないかという親の意見をよそに 我を通すような方向へ向かう様を 決して喜ばしく思えない自分もいるのです。親と子という立場の違いや 年齢(経験)の違いから ささいな衝突(自分が思っているだけかもしれない)が 起こってしまうことを私自身 若干の戸惑いと感じているのです。

でも、親の言うことが絶対正しいなんてことはありません。それに 聞く耳も持たず、相手にされないというもどかしさがあるというわけでもありません。ちゃんと話し合い 納得できる結論に向かうようにしています。

でも、この戸惑いは 何なんだろう・・・。

世の中には 煮え切らないことが山のように存在します。国同士の中にも、政治の中にも、ましてや 最小の組織、家族の中にも それは日々あるのです。違う考えを持った人が集まるだけで それは生まれます。どこかで それぞれが折り合いをつけて 何事も無いかのように日々が重なっていくのです。なぜ、話し合うのに煮え切らないのだろう・・・。

思うに、そこに “同意”というものがあれば おそらくは ほとんどの場合、すっきりとするのではないでしょうか。でも、ほかの意見に同意するって 案外難しいものです。何も考えが無いのであれば簡単です。違う意見がある場合ってのが 難しいのです。

意見が違うからといって それは違うといってしまうだけで 相手を否定することになる。お互いに そう慮るからこそ 本当の意味での同意を得ることが出来るわけです。たとえ 思った方向に行かなくても 同意が得られれば、同意をすれば すっきりするわけです。きっと 難しいことじゃなくて 「そうだね。」と飲み込んでくれて、その後に 「でもね。」って
やり取りがあるだけで すっきりとするはずだと思うのです。

たとえ家族だって それぞれ考え方が違うのは当たり前、むしろそうでなきゃ困る。でも、肝心なところでは お互いに 「そうだね。」って 言い合えるのがいいのだろうと思うのです。すごく難しいのですけれどね。

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心惹かれて。

春の嵐は この冬一番の大雪を連れてきました。気温が高いせいか重くて 除雪が大変です。ひと段落して パソコンに向かっていますが ゴ~っという風の音とともに 横殴りの雪が伴って、また雪はねか・・・といささか うんざりモードになっています。

こんな日に お客さんが来る気配もなく、それでも お休みで無い限り 休むわけにもいかず・・・一日まったり・・・という日も少なくありません。そんな日は ゆっくりと調べ物をしたり、趣味に関するホームページなどを見ながら時間を過ごします。そんなときには やはりコーヒーが欠かせません。で、 先日 グラスベイクのマグをお店用に買いました。使うには影響はありませんが 少しかけがありお安く出していたものでした。グラスベイクのマグは たっぷり入るので そんなまったりする時間にはぴったりなのです。

インスタントコーヒーを多めに入れて、お湯を注ぎます。ミルクガラス特有の透ける感じに ぐっと来ます。アメリカのドーナツハウスの景色がコーヒーの色合いで リアルに浮かび上がってきて・・・そんな たいして美味しくも無いコーヒーが 少し特別になったような気がしてきます。それこそが ミルクガラスの魅力なんだと 再認識するのです。

いい時間を一緒に過ごす素敵なお伴・・・そういうものに心惹かれるのです。

そんな心惹かれるミルクガラスがアメリカより届きました。ファイヤーキングのミキシングボウル LLとSサイズの五個セット(セット販売ではありません)です。箱入りのデットストックでの入荷です。

赤からオレンジのグラデーションがとても綺麗です。でも、興味のない方には ただの派手な色の食器です。普通、赤い食器が食卓に上ることなどまず無いでしょうから。でも、私には 見た瞬間、ある光景が目に浮かんできたのです。

ずいぶん前ですが あるお店に行った時のこと・・・裏庭へと導く看板があり、見に行ってみました。そこは 苔むした岩があって 和風の庭園という感じでした。道に沿って歩いていると ぽつんとその花が咲いていました。か細い茎が4~50センチほど伸びていて そのてっぺんにソフトボールぐらいの大きな花が咲いていました。その か細い茎とは対照的な大きな花は そよ風に揺れて・・・それでも折れてしまうような弱々しさもなく、すぅ~っと背伸びするような感じで 立っていたのです。それが なんとも神秘的で とても素敵でした。

かみさんに 「この花なんていうの?」と聞いたら 「オリエンタルポピーじゃない。」って答えてくれました。それ以来、私の好きな花は?と聞かれたら 「ポピーです。」と答えようと思ったのです。男の私に 聞く人などいませんが・・・。

ただ、うちの庭にもあるのですが その時目にした光景とはどこか違い、その時の神秘さを感じることが出来ません。あの環境で 咲いていたからこその美しさだったのだと思います。

この赤のグラデーションの食器が いつでも あのポピーの咲く景色へと誘ってくれる・・・そう思えてならないのです。ヴィンテージでちょっと珍しいからとか、可愛いからとか、そんな理由から好きなわけではありません。興味の無い方にとっては 派手な食器でしかないかもしれませんが 私にとってこの食器は 好きな時間へと導いてくれる素敵な道具なのです。

ゆらゆらと心惹かれて・・・また 欲しくてたまらん気持ちが騒ぎ出しています。

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