なんかないかな。
「なんか いいことないかな~」と知らず知らずのうちに考えている自分がいます。しかも、誰か つまり彼氏や彼女、旦那さんや奥さん、買ってあった宝くじ、送って忘れていた懸賞、大当たりするかもしれないパチンコ・・・誰かによってもたらされる素敵なハプニングを期待するから 空を切るような話。そうそう都合よくやってきてはくれません。
滅多にないからハプニングなんですが・・・でも、何もすごいことを期待しているわけではなくって 日常の中で感じられる ちょっといいことは、自分で見つけることができると思っています。
私の場合、古いおもちゃが大好きなので 時間ができたりすると専門店に行ったりします。今ではネットで手軽に探すことも出来ますが 全く満たされることはなくて、やっぱりお店で色んなものを見て、「へ~、こんなのあるんだ!」とか「こういうのもいいね~。」とか考えながら、においや質感や時間の流れを感じて過ごすことが楽しくてしかたがありません。なかなか時間が取れないので、とっておきのお楽しみですね。そして、お気に入りのものを見つけて買って帰るときは至福のひと時です。
うちのお店は、「あれ探してるんだけど、ないですか?」といわれると「申し訳ありません。」とお応えすることが多い気がします。もちろん、「ず~っと探していたものが見つかった!」といっていただくこともありますが・・・。つまり、未だにどんな店か 説明がしづらいように 何が見つかるかわからない店なんです。変な店です。でも、「なんかないかな~。」くらいの軽い気持ちで見ていただくと、日常から少しはなれた感覚をお楽しみいただけるのかな~と思います。お客様によって感じ方も様々なので決して、快く思われない方もいらっしゃると思います。でも、ここで過ごせる“時間”はやっぱりここにしかないような気がしています。
わざわざ足を運んでくださるお客様にとって「なんかないかな~。」と楽しんでいただけるように “なんか”を探して歩きます。
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コメント
そうですよね。生活が便利になりすぎて、人間の能力が退下していますよね。だんだん横着になっている自分がそこにいます。
道内から撤退した旭屋書店は大学時代のオアシスでした。当時は地元大阪ほど品揃えが豊富でなかったので、失望したこともしばしばでしたが。。。。探していた書籍を見つけたときの喜びはひとしおだったように覚えています。
自分の足で歩いてお気に入りを見つける。なければ何軒も何軒も探し回る。。。そんな時代が懐かしいです。
現在、書籍に限っては某インターネット・ショップで購入している我輩ですが、きっと色々な部分が退化しているはず。
今は札幌に出るのも、面倒でさらさらエネルギーもありませんが。。。悲しいことです。。。
世の中暗くて、悲しいことが一杯です。。。でも、こんな時代だからこそ「自己変革」のチャンスかも。。。諸外国からみるとまだまだこの国は豊かデス。。。
アメリカ的使い捨て物質主義から脱却して、古き良き物とじっくりと対峙する。そんな時間が必要なのかもしれません。。。。
投稿: ロンサム・カーボゥイ | 2009年2月 4日 (水) 00時39分
私も旭屋書店には良く通っていました。わりとマニアックな本を見つけることが出来たんです。検索して探すより、見つけたときの喜びは大きかったですね。ぱらぱらとめくって、「買おうかな~。買っておかなきゃ!」ってレジに向かい、店員さんに渡す。私はこんな本を買う人なんです。どう思いますか?なんて 思いながら店員さんの顔を覗き込んで、対応が気持ちいいと、さすがいい本屋だ! 「また来ます。ありがとう。」なんて言葉を残して 大事に抱えて帰るんです。そんなことに喜びが潜んでいるんですよね。
エネルギー充填して、出かけませんか?パワーもらえるかもしれません。
パスティーユ
投稿: ロンサム・カーボゥイさんへ | 2009年2月 4日 (水) 09時59分