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2014年6月

代え難いなぁ。

時代とともに 「可愛い」という感覚も変化しています。妙なものが可愛いと言われたり 人気になったりします。ただそういうものは 一過性だと分かりながら楽しむものなので それはそれでいいと思います。

雑貨の世界にも確かにそういうことがあり、話題のものは各メーカーこぞって製作し、提案してきます。時代の話題に沿ったものだから そういうものも必要でしょう。でも、違う話題のものが台頭してくると それまでのものは 一気に古臭くなってしまうものです。このサイクルは必要なものなので 決して否定するものではありません。かと言って、同じものばかりを作り続けることは 面白みに欠けるという観点から 魅力ある企業として見られなくなるのも事実。常に 新しい感覚で もの作りをすることが大切になってくるのです。

『チョコホリック』という雑貨メーカーがあります。お付き合いいただくようになって はや7年が経ちました。常に 個性的で可愛い雑貨を提案し続けてくれています。可愛いものが市場に溢れている昨今、そのもの作りは一貫しています。というのは たとえ7年前のチョコホリックの雑貨と今のものを組み合わせても 何ら違和感が無いのです。ただ、同じものを提案しているからかというと・・・その感覚は 少しずつ変化しています。ずっと、お店で共に過ごしてきたにも関わらず 常に新鮮な気持ちでいられるのは そのせいなのです。そこには ブレないテーマがあり それに沿ったもの作りをしているからにほかありません。

今回の新商品も 手に取ってみて、「そうか・・・」と感じさせてくれました。グラス一つにもストーリーがあり、女性の身の回りが こんなに可愛いストーリーで満たされていく・・・どこか懐かしく、かと言って古さを感じさせないのは 常に新しい提案をし続けていてくれるからだと思います。暮らしが楽しくなる雑貨・・・長く付き合っていても 変わることなくいてくれる・・・世の中に、いくら新しく可愛いものが生まれてきても きっと、「何ものにも代え難いなぁ・・・」と思うのです。

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うたた寝。

久しく出会えなかった 大好きな椅子にようやく巡り会えました。

この椅子、今もなお 作られ続けている定番中の定番。このあたりの家具屋さんでは売っていないので 知る人ぞ知る一品です。(普通に買えば結構なお値段です。)

その理由は・・・座ってみればわかります。曲げ木による背もたれのフィット感は 普通の椅子では味わえない心地良さなのです。

すわり心地のいい高級な椅子は たくさんあるでしょう。でも、モダン・・・と言いつつデザインが奇抜だったりします。新しいものに魅力があるのもわかります。が、定番になりえるものには やはりかなわないと私は思います。デザインあるものは どうしても最初のものを越えられない壁があると私は思うのです。

定番のデザインで 座り心地もいい・・・でも、そんなことは置いといて・・・思わず うたた寝してしまうかも・・・そんな感覚が大事なのです。

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心の風景。

北海道には珍しい長雨で ついそこまで来ていた夏も足踏みです。ワールドカップも調子が上がらず、寝不足とともに 気分も湿りがちです。

少しでも楽しい気分になりたいと出かけた先で とても素敵なものと出会いました。色付きガラスのコップです。手作業で 柄が彫ってあるタイプのグラスは 多々ありますがこんなに素敵な風景を写したものがあるなんて・・・感動です。

私は 夏の海の景色が大好きです。娘の名前にも 夏の海にちなむ字を選んだくらい好きです。思い出に残る 夏休みのキャンプで眺めた夕日と 夜空に瞬く満天の星空・・・かすかに聞こえる波の音・・・暑くなれば 必ず出てくる心の風景です。

このグラスがあれば 例え天気が悪くても いつでもその風景に 出会うことができるでしょう。早速、一つ買いました。風を帆いっぱいに受けて水面を滑る一艘のヨット・・・あなたにも見えるでしょうか?その風景が・・・。

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香りがしてきます。

最近の洗濯洗剤は かつてのいい香りの柔軟剤のヒットの影響を受け、いろんな香りのするものが増えました。で、いつも使わない洗剤を使ってみたのですが・・・これがどうにも、好きになれない香りがするものだから ちょっと参りました。

いい香りは 自分だけでなく会う人にもいい印象を与えます。でも、一時の柔軟剤は いい香りがしましたが みんな同じ香りがしてどうなんだろうと思っていました。

臭いよりはいい香りの方がいいに決まってますが 好みがあるのも事実です。「いい香りだな~」と印象に残った人は その香りとともに記憶よりももっと深いところで心に残るものです。だから、出来れば 自分だけの香りに出会いたいものです。

香りや匂いというのは不思議なものです。かつて、印象に残った香りや匂いは その時を覚えていなくても 「どこかで嗅いだことあるぞ・・・」と思い出したりするものです。それは たいていの場合 自分が好きな匂いだったりします。私の場合、夏祭りの味噌おでんの屋台やカブト虫売りの籠の匂いです。理由はないけど好きなのです。体にまとう匂いじゃないけど、その時の気分に戻れそうな気がするからかもしれません。匂いや香りって やっぱりそういうものです。

それに、匂いや香りがしなくても 何やら漂ってくるように思い出すってこともあります。同じ場面で感じたことは 香りさえも呼び覚ましてくれるのです。

柱時計を見つけました。状態も良く デザインも素敵です。どれくらい止まっていたかわかりませんが調整してあげたら ちゃんと時を刻み始めました。「OCCUPIED JAPAN」のプリントがあることから1945年から7年間の間に製造されたものということです。最低でも62年前の時計ということです。私なんかよりずっと年上です。

自宅でももっと古い柱時計が現役で時を刻み続けてくれていますが 夏の昼下がりには 思い出す光景があるのです。幼い頃、お盆に行った祖父ちゃんちの畑には それはもう立派なトマトがたわわに実っていました。もいだトマトをキンキンに冷えた地下水で洗い、粗塩を付けて食べました。そのトマトのうまかったこと・・・暑かったせいもあり その場面は今でも鮮明に 思い出すことができます。うちにも 小さな菜園がありトマトがたくさんなります。作業の合間、喉が渇くと トマトをもいで食べるのですが 開け放った窓から 微かに柱時計のボーンボーンという音が聞こえてきます。その音を聞きながら 頬張るトマトの味は あの時の 暑い夏の日のほんとに美味かったトマトの香りを呼び起こしてくれるのです。

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10年後の自分。

先日、一つ年をとってしまいました。気が付くと 人生の折り返し地点・・・重ねた年齢に追いつかない気持ちの部分での成長のギャップに 自分でも驚いているところです。

雑貨屋を始めてから 特に若い頃の事を思い出し、初めて古いものに触れた時のときめきや なんとも言えない心情を 今でも新鮮に感じられ、大切にできるのは やはり・・・心から古いものが好きなんだといえるからなんだと思います。よくぞ、本当に好きなものに出会えて、その思いを持ち続けてこられたと思うのです。

そのおかげで 若い時から持ち続けてきた家具や食器や小物達が今も変わらずに傍にあるのです。30年・・・そうして暮らしてきたので 今後もきっと変わる事は無いでしょう。

10年後・・・この御時世ですから お店が続けていられるかどうかはわかりませんし、ましてや 自分がどうなっているか・・・そんな姿など想像もつきません。それでも、はっきりとわかっている事があります。姿かたちは 変わっているかもしれないけれど、暮らしの背景は・・・同じまま。いや、きっと今よりも素敵なものたちに囲まれて・・・自分らしく暮らしている事と思います。

10年後の自分・・・どんな自分になっているのでしょうね。

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時を止めたので。再び。

古い時計は 調整すれば動き出すものもあるのですが ネジが切れてしまっていたりすると 素人では直しきれません。専門家に直してもらうという手もありますが 基本、買うぐらいの修理費がかかるので なかなか踏み切れないものです。外見が綺麗で 余程思い入れのある素敵なものでなければ 正直 わざわざ直してもらうという気持ちにならないのです。

でも、いくら壊れているからといって簡単に捨ててしまえるものではなく・・・雰囲気を楽しむだけの飾りになりがちです。

そこで、去年の今頃・・・壊れた古い柱時計を利用して 小物を飾れる飾り棚にリメイクしてみました。気に入ってくださる方との出会いがあり、店頭から姿を消した後・・・ブログを見てくださっている方があの時計の飾り棚を見に来てくださったのです。売れてしまったあとだったので 残念がっていらっしゃった・・・とかみさんに聞いていました。その方は お子さんの生まれた頃の 小さな靴だったか・・・何だったか・・・忘れてしまいましたが 飾っておきたいと思っていらっしゃったようです。

その時書いたブログのタイトルが「時を止めたので。」だったので ぴったりの使い道だな・・・と感じた記憶がありました。確かに うちの娘も大きく成長しました。でも、生まれたばかりの頃の記憶は 消えることなく、いつまでも思い出すことが出来ます。記憶の中では 時を止めたり、巻き戻す事が出来るのです。一度しか着る機会のなかったレースの小さなワンピースも小さな小さな布製の靴も いつまでもきっと取っておくことでしょう・・・。綺麗に飾って置けるなら それはいいアイデアだと思うのです。

去年と同じものではありませんが 壊れていた柱時計をリメイクしてみました。やはり思い出を飾るにはぴったりのようです。

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コレクティブル。

世の中にはたくさんのコレクターがいます。インターネットでは こだわりのコレクションを披露してくれるコレクターがたくさんいて 時の経つのも忘れてその世界を堪能することができます。ある分野に特化して もの集めをするというのは やっぱり普通に好きだというだけでは できることではありません。並々ならぬ情熱が必要なのです。だから いつもその情熱に敬意を表しながらコレクションを拝見しています。

雑貨屋を始めて、少しでも珍しいものをと思い ある方のおかげでアメリカンコレクティブルの雑貨を扱うようになりました。ファイヤーキングなどのミルクガラスの食器は勿論、なかなか このあたりの田舎町では お目にかかれないような面白いものを扱うことができています。ただし、都会の専門店のように 充実した品揃えができているわけではないので、フィッシャープライスのヴィンテージ玩具や巷で人気のジェダイのマグはありますか?と聞かれても、今は扱えていません。

ただ逆に そういうものを見慣れた方が珍しいと思ってもらえるものと出会える可能性は十分にあると思っています。詳しく書かれた専門雑誌のどれにも載っていないものがうちにはあったりするからです。

雑誌でよく見るタイプの品物には 魅力があります。でも、こんなのあったの!といえるようなものに出会えるのも コレクションの楽しみなんじゃいかと思うのです。

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おしゃまさん。

「おしゃまさん」昔は良く聞いた気がする言葉なんですが、今は全く聞かなくなりました。

だから若い人には きっと何のことかわからないんじゃないかと思います。それもそのはず、言葉も使わなくなったからなのか ほとんど存在しなくなってしまった気がするからです。

昔でも たくさんいたわけじゃないけど 確かにいました。夏になると思い出すのは おしゃまさんは夏に似合う言葉だったからかもしれません。

「お洒落で おませな女の子」・・・具体的にいうと・・・内藤ルネさんが描いていたイラストの女の子。今の若い子も お洒落な子はたくさんいます。でも お洒落の種類が違う。昔の女の子のお手本は アメリカやフランスのモードを取り入れたスタイル。髪型から小物は勿論、立ち居振る舞いも お洒落でおませ。普通の男の子じゃ 到底声もかけられない。大きな瞳は 好奇心に輝き、若い時期だけの無敵ささえありました。

当時の若い子にも大人気となりましたが 憧れは憧れで 夢見るだけの人がほとんどでした。それでも、たまに出かけるデパートには 精一杯のお洒落をして 「おしゃま」を気取った子もたくさんおりました。白い手袋をはめて エナメルのバックで お買い物や食事に連れて行ってもらうのです。

時代が変わったから・・・と言われればそれまでですが 私はいても良いと思いますよ。おしゃまな女性。夏だからこその 水玉やストライプのワンピース・・・デパートのウィンドウを覗き込む好奇心一杯の眼差し・・・オープンテラスのカフェで すっと背筋を伸ばしながら読むアーウィン・ショー・・・。

チョコホリックのお洒落雑貨は そんなおしゃまさんに似合うと思うのです。

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仕事。

夏が急にやってきました。暑いです。個人的には 暑いのは大歓迎です。

汗水流して働くほうが 凍えながら仕事するよりずっといいからです。外で過ごす楽しみも多いから 暑いの大好きです。

暑い日の一番のお楽しみは 一仕事終えてからの キンキンに冷えたビールをぐっと喉に流し込む瞬間です。これほどうまいものは無い。「この一杯のために生きているな!」と大袈裟な事をいう人もいるけれど、確かにそう思えるくらいうまいものです。

ただし、精一杯仕事して 明日も頑張るぞ!!と思えるから でてくる台詞なのかもしれないと思います。

どんな仕事も その人にとって 決して手放しで楽しめるものではないと思います。苦労して、努力して、辛い思いもしながら その代価を得る・・・仕事とはたいていそういうものです。でも、人間は そんな辛い仕事に身を置いていても やりがいや喜びや楽しみを見出せるものです。そうでなければ 生き生きと生きる事など出来ないからです。

食べるため、暮らしを守るため、余暇を楽しむため・・・ある意味、そう割り切って仕事する人も多いかもしれません。でも、そんな方たちも 仕事を続けられるのはきっと・・・「喜んでくれる誰かのため・・・」という思いが根底にあるからだと 私は思っています。辛い事も頑張れるのは きっと誰かのためになるからなのです。

昔、今のような暮らしをおくれるようになった遥か昔・・・線路を引き続けるという重労働に従事した人たちがたくさんいました。それこそ 血のにじむような思いをしながら朝早くから夜遅くまで 働き続けたのです。そんな労働者達のおかげで 今の暮らしがあります。日々の労働は 厳しいものだったでしょう。でも、きっと誇り高い思いも持ちながらの作業だったのではないでしょうか・・・。人々は歌を歌いながら その厳しさを紛らわし 辛い日々を乗り越えたのです。

このビールジョッキには 「線路は続くよどこまでも」の歌が刻まれています。日本では 希望あふれた歌詞が付けられましたが アメリカでは まさにレールを引き続ける労働者の歌なのでした。

一日の終わりに 明日も頑張ろう!と仲間達とグラスを合わせました。誰かのために・・・そう思いながら飲めるビールは やはり格別なものだと思うのです。

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黙る。

うちのお店、懐かしいものがたくさんあります。だから、「懐かしい~」とか「こんなのあった~」と言われることが多いのは仕方のないことだと思って 日々を過ごしています。

懐かしいものを目の前にして、「懐かしい~」と言ってしまうのは当然の事だと思います。でも、そうおっしゃる方のほとんどは 「懐かしい~こんなのあった~」と言うだけのことで終わってしまわれます。きっと 興味の対象ではないのだと理解するしかないのです。

私は 自分の心に ふと蘇る場面や感情に 引っかかってくる懐かしいものを目の当たりにすると むしろ黙ってしまいます。それは その懐かしいものが ある日のある時の感情を引き出してくれて 何ともいえない気持ちにさせてくれるからです。

小さな頃・・・お使いを頼まれて 道すがら小銭を雪の中に落としてしまい、掘れども掘れども小銭は見つからず、「どうしよう・・・」という気持ちにさいなまれ、手が冷たくなるほど探し続けた時の記憶だったり・・・・・

何かがきっかけとなって蘇る気持ちは かみさんにもあえて話すようなことじゃなかったりするし、その時 どんな気持ちだったのかは どうにも説明が難しい。だから 自分の心の中だけに 仕舞ってあるわけです。

そんな気持ちを引き出してくれる懐かしいもの・・・そっと仕舞っておきたいものだから あえて安易に言葉にすることなく 私は黙ってしまうのです。だから そういうものに出会ってしまったら・・・ただ一言、・・・「これ下さい。」というのみです。

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