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程よいお付き合い。

暮らしの中に占める雑貨の役割って どれくらいなのでしょう・・・。

家やお部屋を素敵にしてみたい・・・という気持ちは きっと誰もが持っているはずです。でも、それを実践するか、もしくは出来る人は 意外と少ないと感じます。

お客様とのお話の中で 雑貨屋が減っているという会話をすることがあります。それもしかたないと感じてしまうのは こういう時代だから・・・と思うしかないのでしょうか。求める人が少なければ 無くなっていくのは ごく自然なことです。いろんなニーズがあり 多種多様なお店があることで そこで暮らす人たちの生き生きとした暮らしぶりが いい街を作っていくはずだと思うのだけど、手頃に済ませてしまえるもので良しという風潮は 地方都市であるが故に この先も変えられることはない気がします。

昔に比べて、住宅事情が格段に良くなり やっと 思い描く暮らしが出来るようになったのに、それを探せるお店が減っているのは 寂しいことだと私は思います。人それぞれに 思い描く暮らしのスタイルがありますから、うちのようなお店が 受け入れられる場面は少ないことも自覚はしています。だから いろんなテイストのお店が必要なのだけど 受け入れられる地盤がないわけです。食べ物屋さんは増えるのですけどね・・・。

昔の古い物を語る時、それらが生まれた時代背景に思いを馳せる必要があります。ただ、可愛いとか素敵だとか という話ではありません。

「素敵な暮らしがしたい。」というニーズが 確かにあったから、それに応えようと切磋琢磨するたくさんの企業がありました。時代の流行や感覚を取り入れながら 様々なものが生み出されたのです。だから 時代遅れも確かに有り、新しいものが生み出されることは 続けられました。そうして 日本の経済は成り立ってきたわけです。それが この時代になって続けられなくなっているのは やっと環境が整い 出来るようになったはずなのに 人々が関心を寄せるものが変わってしまったからにほかないと思うのです。

ただ、求める人にとっては いい時代だと言えます。かつての素敵なものたちの中から 自分の好みに合ったものを選ぶことができるからです。ノスタルジーとか そういうことでは無いのです。

時代に沿った考え方をするとしたら、雑貨を飾り立てる時代は終わったと言えます。だから 使うものを選ぶということが大事だと思います。

窓辺を飾る、ガラスの小瓶などは 季節を問わずよく売れます。光を受けて綺麗なものです。和む気分も 雑貨が与えてくれる大切なものです。だけど、飾るだけで ホコリなどかぶりっぱなしになってはいないでしょうか。安くてもいいから小さな花を飾ることで 使っていれば ホコリをかぶることはないはずです。使える雑貨というのはそういうものだと思います。

でも、折角ならば 飾っても素敵だなと思えるものを選ぶべきだと思います。飾りながらもちゃんと暮らしに生かされ 使えるものです。それが この時代、雑貨との程よいお付き合いになるのかもしれないと思うのです。

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