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それぞれが刻む時。

時間というのは 生活の基準です。正確な時が分からなければ 暮らしは混乱してしまいます。誰しもが 時間という基準に則って暮らしています。だから 正確さを求め新しい技術で 一分一秒のくるいもない時計が生み出されるようになりました。

時間を守らなければ社会では生きてはいけません。全てのことが時間を基準に動いているからです。特に 現代人は忙しく、間に合えば ギリギリまで寝ていたいし、ゆとりのある時間の持ち方は しにくくなっているような気がします。余裕があれば そんなにスピードを出して車の運転をすることもないでしょうし、我先に 先を急ぐ必要もない気がするのですけれど・・・。

それでも時間の使い方は 人それぞれです。急ぐ人がいて、急ぐ必要のない人がいて・・・それが世の中です。社会においては 基準を守ることが当たり前だし、そうしなければならないものです。その基準を守りながら 自分なりの時間を使うことに 人それぞれの個性があるわけです。

人が1時間でやれることを 2時間かけてより良くしたいと考えることは まさに個性です。決められた時間がないのなら むしろしっかり時間をかけて考える方が 私にはいいと思えます。きっと 生き方もそういうものなのだと思えるのです。

正確な時計が必要な方も 大勢いらっしゃるでしょう。でも、うちには そんなに正確な時計は 必要ありません。古い柱時計が刻む時間というのは そういうものです。のんびりでいいわけじゃないけど そういう暮らしが合っているのです。

いろんな家族があるように 時の刻み方もきっとそれぞれではないでしょうか。先を急ぐ人もいれば、じっくりと構える人もいる。それが人なのだと思います。

時計でありながら 昔の時計は 同じ時間を刻むものは きっと一つもないでしょう。それぞれの時計が持つ個性を楽しむ。それが 古い時計と付き合っていく喜びです。

ネジを回さなければ動かない手のかかるものですが 家族の暮らしを支えてくれる一員のようなもの・・・私はそう思っています。

Photo

左は SATO CLOCK。棒鐘が一本で カーンと優しい音が響きます。右は MEIJI時計。こちらは棒鐘が二本で キンコーンを綺麗な和音が鳴り響きます。メンテナスをしてあげたらしっかりと時を刻み始めてくれました。

人それぞれが刻む時を それぞれの時計もまた、違う時をこれからも刻んでいってくれることでしょう。 

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