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2017年4月

ここにいるよー。

もの選びの基準は人それぞれ。自分がよければ 誰に何を言われる必要もありません。ただ、「これがいい!」なのか「これでいい。」なのかの違いを忘れたくは無いと私は思います。

世の中には 様々なものが生み出されています。庶民には到底手の出せない高級品や ちょっと頑張れば手の届きそうなもの、庶民向けに作られたもの・・・どれを手にするかは 自由に選択できます。

個人の趣味が自由であるように 選択肢も多いわけです。さて何を選ぶかを考えてみてもいいかもしれませんね。

私は 多趣味で それぞれのことを良く調べ、「いいものだ。」と納得できれば それは大切なものとなります。その代表が アメリカ生まれのミルクガラスと呼ばれるヴィンテージの食器たちです。当時の食卓文化を象徴するものとして 憧れをもって集めています。

基本、古いものがすきなのですが ヨーロッパのアンティークみたいなものは 私には高尚過ぎて、好きなのは好きだけど 自分の暮らしには似合いません。誰かのお宅で拝見すれば 素敵な趣味だな~と感心はするけれど 自分も!とは思わないのです。

言い換えれば、西洋アンティークは 「どうぞわたくしをお使い遊ばしてもかまいませんわ。」と言っているような感じに対して アメリカのミルクガラスは そのポップさや扱いやすさから 「おーい!ここにいるよー!」と主張しているように感じるのです。それも大きく手を振りながら・・・。どうやら そういう人懐っこさが好きなようです。きっと この感覚は自分が爺さんになっても変わらない感覚なのだと思います。

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夏支度。

ゴールデンウィークが始まりました。初日は 天候にも恵まれ お出かけ日和でしたね。札幌では 桜の開花宣言も出され 江別も・・・店の目の前の桜も つぼみが桜色に染まり始めています。ゴールデンウィーク後半には 満開になりそうな感じです。

そんな春らしさを感じるこの頃ですが 春を飛び越えて夏にぴったりのガラスの器をご紹介します。うちは年中登場するアイテムですが 涼やかな見た目、涼を感じる器ということで 一般的には 夏向きなのかもしれません。

まずは カラーガラスとして懐かしく感じる方の多い 紫の小鉢いろいろ・・・

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あんみつにカキ氷、おひたしに浅漬けにところてん・・・日本の夏を感じます。

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そうめんや冷麦・・・暑くて食欲の無い時は これに限ります。麦茶もお忘れなく。

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部屋の明かりを落としたら、窓から入る涼しい風を感じつつ 月の明かりでちょいと一杯。日本酒だって モダンにも楽しめるのです。でも 肴はあぶったイカでいい~・・・日本の夏は これがいいのかもしれませんね。

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温もりを残したい。

今のキッチンはシンプルで機能的。お掃除もしやすく 手間がかからないことが売り文句のようです。実際、毎日 キッチンに立つ人としては そのほうが断然いいのでしょう。それは そうです。

でも、昭和30年代を描いたテレビドラマのキッチン風景のほうが断然素敵だと思います。へたしたらガスコンロも無かったり、レンジは勿論 オーブンも電気釜も無い時代、料理は大変手間のかかることだったに違いありません。それでも 今のキッチンの風景よりも断然 温もりが感じられます。火加減も下ごしらえも 味付けも、すべては自分流。調理器具や 食器も大切に扱い、家族の元気を支える気概にあふれています。

しかし、いくら素敵だからといって 「そういう暮らしに戻るべき。」なんてことは言いません。できれば 少しでも手間をかけず 美味しいものを作りたいという気持ちがこの先 変わるなんて事ありっこないからです。それだけ 忙しい日々を送っているということです。

だけど、近未来的で便利な道具を使いこなし 美味しいものを作ることに長けたとしても、すべて手作業でしかできなかった時代の そこにあった温もりだけは 忘れずに居ることがこの先、大切になっていくような気がするのです。

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このキャビネットは とても素朴でいい味わいがあります。それに とてもがっしりしているので 上に物を置いても平気です。奥行きが広いので 大皿がそのまま入れられる 少し変わったサイズです。塗装をしようか・・・とも考えましたが この素朴さゆえ塗りがたく・・・もし ご希望があれば お好きな雰囲気に塗装しますので お申し付けください。

料理酒は 陶器のビンに移し変え、乾物は ブリキ缶の中へ。ガラスの窓がついているので 中身も見えるところがいいのです。絵になるお皿は 飾って楽しみます。今のキッチンにも こういう温もりを残しておきたいと思うのです。

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黄昏どき。

天候も回復し、晴れ間が見えた日曜の夕方。日も長くなって少し得した気分です。風はまだ冷たいけど 窓から差し込む夕日が綺麗です。

そんな黄昏どきに似合う場面を切り取って見ました。

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落ち着く景色。

インテリアを考える時、皆さんは 何を参考にしますか?今は いろんなタイプのインテリア雑誌があるので 好きなインテリアを探すのには事欠かないかもしれません。

私は・・・と考えてみると、頭に浮かぶ景色が参考になっているような気がしています。

私が小学校に入学したとき、その学校は 歴史ある古い木造校舎でした。5年生になって新校舎に移るまで 80周年を迎えた古い校舎で過ごしました。白い土壁に太い木の柱、ぎしぎしいう板の廊下と木の広い階段・・・トイレは コンクリート打ちっぱなしの仕切りのない古いトイレ・・・ちょっと怖かった思い出が・・・。

そして、風をひいていやいや行った病院の診察室の白いカバーのかかったスツールと白いカーテン・・・床屋さんの木枠の大きな鏡と白い医療棚。駄菓子屋さんのブリキやガラスのお菓子ケース・・・パンがいっぱい詰まったガラスのショーケース・・・それをきらきらと照らし出す裸電球の明かり・・・。そんな景色が 頭に浮かび、そういう景色を我が家にも 取り入れたいと思うのです。学校や床屋や病院や駄菓子屋で見た景色・・・それにまた出会いたくて 古いものを訪ね歩くのです。

自分にとっては 懐かしく 落ち着く景色。家でくつろぐ時間、そういうものに囲まれて過ごすことが 大事なインテリアの参考となっているのです。

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追伸

久々に 古い食器が大量に入荷しました。花柄つきの耐熱ガラスに、花柄グラス。ガラスの色付き小鉢に 可愛いお皿などなど・・・小引き出しも久々の入荷です。ご紹介はまた改めて・・・つたないお話とともに。

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旅の道連れ。

みなさん 旅はお好きですか?

日常を離れ、違う土地で 違う景色を見、違う空気を吸って 土地のものを頂く。非日常の体験を通して 心も体もリフレッシュできて、思い出のページ作りには 欠かせません。

うちは お店を始めてからまとまった休みも取れず 家族を旅行に連れ出すことはありませんでした。それでも 法事などで かみさんの実家に行くには 数日が必要で その道程は旅そのもの。この10年、その数回の帰省が唯一の旅と呼べるものでした。

やはり 違う土地に行けばその道すがらの景色・・・触れ合う人たち・・・記憶に残ることも多く、何てことない 切符の半券でさえ捨てられずにいるものです。何故か 旅の思い出は取っておきたくなるものです。そういうもの・・・誰しもきっとあることでしょう。

先日、古いトランクを仕入れました。それぞれサイズが違うので 積み上げてみました。どんな使い道があるかな・・・そんなことを考えてみました。

昔の人は こんなトランクに荷物をつめて、汽車に乗って旅に出たのかな・・・そんなことを想像すると、やはり 旅にまつわる使い方が似合うと思ったんです。今、これを抱えて旅をする・・・そういう人が居てくれれば本望だけど そんな人は居ません。だったら 旅の思い出を詰めておける収納にしてあげることが せっかく綺麗に残ってくれていたものに対する いい使い道ではないかと感じたのです。トランクですから 質実剛健、柔なつくりではありませんし、置いておくだけでもどこか絵になります。その中に 旅の思い出がいっぱい・・・って考えただけでも 素敵だと思うのです。

古いものに興味のない方は 想像もできないでしょう。こんなものを飾るなんて。そもそも旅とは 情緒的なものです。旅の道連れに 思いも残るものです。旅に思いを馳せられる人なら きっとわかってもらえる感情ではないかと思うのです。勿論、違う使い道もたくさんあるでしょう。でも、共通するのは 大切なものは大切にするという気持ちだと思うのです。

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見るという事。

お店には いろんな人がやってきます。外観とか 雰囲気で お店の特徴を演出しているはずなのですが わざわざ車を止めて、折角ドアを開けて入ってこられたのに・・・という方が少なくありません。

どんなものを置いてる店なのか?という興味からの行動ですし、よくある雑貨店と 少し違うような気がしているので 興味のない方にとっては 「通りすがりに見てみただけ。」ということなのでしょう。

勿論、雑貨屋は 見てもらわねば始まりませんから、お気に入りが見つからないことも当然のようにあり、むしろそれは お店側の品揃えの悪さからくることだと 承知しています。しかも うちの品揃えは ある意味偏っているので 街中の雑貨店とか 量販店の雑貨コーナーしか見たことの無い方にとっては異質な気がします。あえて そうしているわけです。だから、来られる方には 出来るだけ古いものと付き合う心地よさを精一杯お伝えできれば それでいいと思っています。せめて、普段の暮らしの一つのヒントとして 思う時間を持っていただけたとしたら・・・それで十分なのです。

でも、ほとんどの方は 「見ているのに見えていない。」のです。興味のある方は 違います。よくぞ 見つけてくれました!というものをしっかりと探してくださいます。感心するばかりです。

「見ているのに見えていない。」というのは 「見るに値しないものは 認識しない。」という言い方が出来るかもしれません。私自身も 興味のないものは 見ているのに 見たという記憶がありません。よくある事ですが 時間の無駄使いです。でも、不思議と好きなもの、興味のあるものは目に飛び込んできます。人って そういう風に出来ているのかもしれません。

「どう暮らすか?」という考えも 案外同じことが言えそうな気がします。新しい家があり、便利な家電を揃えます。それが“暮らす”という上で 大事なものだと誰しもが考えます。便利で快適!!そのために 新しい家電を求めるわけです。説明を聞き、出来るだけ使い勝手のいいものを探します。しっかり見て、満足するわけです。でも、それが 暮らしの中心だとすれば、古いものにその居場所はありません。積み上げてきた思い出さえも一緒に 処分してしまいます。それが普通で 当たり前だと思います。“見ているもの”が違うのです。

一例で 家電のことをあげましたが、うちにはおよそ 近代的な家電という存在は ありません。むしろその逆。近代的な家電には 合いそうもないものばかり。暮らすということの考え方の重きの置き方が違うのです。昔ながらの 暮らし方にもたくさんいいことがあり、それを大切にしていきたい・・・そう考えているのです。

何もすべての食品を冷蔵庫に入れる必要はありません。入れなくても大丈夫なものは 蝿帳へ・・・今では 家の中に蝿がいるなんてこともなくなりましたが・・・であれば 尚好都合。現代ですから 暮らしの中の大切に思っていることを 垣間見れそうな風景だと 私は感じるのです。

いろんな方が この風景を見ています。でも、本当の意味で “見えている”人は 滅多にいないことを 少し寂しく感じたりもするのです。
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看板犬。

うちのお店には 雨に日も風の日も、カンカン照りの日も大雪の日も・・・お客様を外で迎えてくれている看板犬がいます。とは言っても 本物の犬ではなく 犬型の子供用三輪車の犬です。

ずいぶん昔のもので、なおかつ ずっと外でお客様を迎え続けてくれているので プラスチックが劣化して もろくなり壊れてしまいそうです。以前は 子供に乗ってもらったりしたこともありますが 考えてみれば もうおじいちゃん・・・あとは 壊さぬように大事にしていこうと思っています。

一周年の記念でお配りした記念プレートの第一号デザインとして元気な姿を残して置けたこと・・・思い入れがあり 同じ犬種の小さなおもちゃを見つけては お店に飾ったりしてきました。店頭に並べるほどのものではなかったものは 手元に置いておこうと思います。でも、今日 ちょっと素敵なものと出会ってしまったので ご紹介します。

サンアンドスターという日本のぬいぐるみメーカーの 「101匹ワンちゃん」のぬいぐるみです。昔から ディズニーの版権を持ち たくさんのぬいぐるみを作ってきたメーカーのものです。ポンゴとパディータと子供が3匹。とても状態もよく、お店としては 離れがたいものですが 結構大きいので ちょこっと飾るというわけにはいきませんし、ばらばらに販売してしまうには 可愛そう・・・セットで気に入ってくださる方がいらっしゃれば・・・と考えました。

看板犬として ずっと付き合ってきたダルメシアンの三輪車と同じダルメシアン・・・離れがたいけど 大切にしてくださる方の元へなら寂しくはありません。ずっと居てくれてもいいのだけれど、お別れする日も来るのかもしれません。それまで 可愛がってあげようと思います。
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いつか、好きな自分に・・・。

自分のことは 自分にしかわからない。自分のことは 自分が一番知っている。という反面・・・自分のことを自分はどれくらい知っているのでしょう。

何故か 気分のいい日があったり、何故か 沈みがちだったり・・・答えのない 自己問答をする時があります。でも それを考えることは決して無駄なことではないと 私は思います。

若い頃は 自分を知ろうと 日々もがいていたように思います。人と話す時は どう伝えるべきか・・・理解してもらうには どうしたらいいか。どんな服を着て、どう見られたいか・・・。どんな映画が好きで、音楽が好みか・・・。何故 それらが好きなのか・・・。それが 本当の自分なのか・・・。そんな事探しをするだけで わくわくしたし、そのために行動していたといっても過言ではありませんでした。

「自分探しをして見ませんか?」そんな問いかけも 今の時代は どこか虚しく聞こえます。日々、スマホをいじっていれば 時は過ぎ、その中に ちょっと面白いものが見つかるだけで 満たされていく(偏見かもしれません。)・・・。うずたかく積まれた中から選んで、これでいいか・・・と思える洋服をかごに入れて レジに並ぶ。手頃で着易いというだけで 消費されていくだけのもの。そこに 自分らしさは必要ありません。みんなが認めるものだから 自分もそこにいる安心感・・・。そう思えてしまうのは うがった見方かもしれません。でも、あまりにも時代が変わってしまったと感じるもので・・・。

時代を映す雑誌も 流行を追い、基本的なことは教えてくれません。流行を真似すれば 今はいいけど その後は・・・という問いに答えてはくれません。ある意味、過去の自分を否定していくわけです。そんな中で 自分らしさを見つけるということの無意味さを どこかで悟るのです。それでいいと みんなが認めているのです。

私は そうは思わないんです。流行の服を着て、流行のメイクをすることより 自分が自分らしくいられるようなものに身を包み、はつらつとした表情が出来るようなメイクをすることのほうが 大事だと思うのです。いろんなことは 自分を知ることから始まるのです。容姿は関係ありません。あくまでも 自分らしくあることです。探し続けることで 心は抑揚を続けます。でも、きっとその先には いつか好きな自分になれる道があると思うのです。

昔のドレッサーは素敵です。ロマンチックなその見た目も、大きな全身が写る いい鏡も、自分をそのまま写し出し 今日の日を素敵に過ごせるように送り出してくれる気がするからです。
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追伸

変則ですが 今月のお休みは 4月4日(火)とさせていただきます。ご了承くださいませ。

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