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憧れは今でも。

日本人にとっては ファイヤーキングよりも馴染み深いパイレックス。耐熱食器メーカーとして 長い間 日本の食卓を華やかに彩ってくれました。

輸入品だけではなく 日本で製造していたことが その大きな理由の一つです。結婚祝いなど贈答用としても重宝され、どのご家庭にも一つや二つ 必ずあったはずです。日本のものは 独自に花柄などのプリントが施され たくさんのシリーズが生まれました。懐かしく感じられる方も少なくないと思います。アイテムも豊富で 調理が楽しくなるような工夫と 使い勝手のよさが喜ばれたのではないでしょうか。

そもそも パイレックスが誕生したのは1915年のアメリカでのこと。オーブンと冷蔵庫を行ったり来たり出来る丈夫な食器として その後一般家庭にも普及し始めたのです。当時のアメリカの暮らしについてはわかりませんが パイレックス誕生の歴史を紐解くと 近代的な暮らしの背景があったことが想像できます。オーブンで料理し、冷蔵庫で保存できる暮らし・・・当時の日本は どうだったのでしょう。

パイレックスがアメリカから輸入され始めたのは 1960年代のこと。その当時でさえ オーブンだの冷蔵庫だのは 庶民にとっては夢のまた夢。当然、耐熱食器は 高嶺の花。使う理由も無かったはずで、一握りの お金持ちにも普及していたかどうか・・・冷蔵庫やオーブンレンジの普及なくして 耐熱食器の普及はありえませんから。日本でパイレックスが製造され始めたのが ようやく1970年代に入ってのこと。その頃には ようやく日本も 電化製品が一般家庭にも行き渡り、本格的に耐熱食器が普及し始めることとなるのです。

電化製品が憧れの的だったとすれば 同時に耐熱食器も憧れの的だったと推測できます。洋風な暮らしへの憧れをみんなが夢見ていた頃のお話です。

1960年代から70年代にかけて 輸入されたパイレックスと極稀に出会う機会があります。日本の一般家庭でも使われていたということです。いくつかのシリーズが輸入されていたようですが ずいぶん前にご紹介した 蓋にデイジーのプリントが施されたシリーズとグリーンのグラデーションが美しいヴェルデという ヤドリギのプリントが施されたシリーズ。オールドタウンブルーやバタフライゴールドは有名ですし、あとバタープリントも確認しています。そのほかにもあったのかもしれませんね・・・そして 今回ご紹介するシトラスという 明るい黄色からオレンジへのグラデーションで販売されたボウルは 実は2回目の出会いです。憧れの暮らしをしていた方が確かにいたという証拠です。

Photo  
本来、ミキシングボウルは SサイズからLLサイズの4種類ありました。薄い黄色からオレンジへのグラデーションです。セット売りではなくバラで販売されたようなので それこそ全部揃うのは難しいと思います。MとLが揃うことも 奇跡と言えそうです。右に写っているのは ヴェルデのシンデレラキャセロール。グリーンのグラデーションのうちの薄いほう ライム色です。赤のリフは プライマリーカラーというシリーズで この中では一番古いかも。手前は 10ozキャセロール発色が美しい。柄物にも興味を惹かれますが 無地であってもこんな色合いなら なにやら元気がもらえそうだし、何より食器棚が可愛いくなります。

これらの食器が売られていた頃には その暮らし方に対する憧れがあったのでしょう。今は 当たり前に電化製品も揃っているけれど こういう食器を普通に使う暮らしに憧れるのです。

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