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忘れられない言葉。

私が田舎で暮らしていた学生時代、学校帰りに よく通っていた洋服店がありました。お店の店員さんと仲良くなり、洋服の話を通して いろんなことを教わっていました。洋服選びには基本があり それを知ることが大切だと教えてくれたのです。

当時、洋服にとても興味があったので 行きつけのお店以外にも行って見ることがありました。そこで 何気に手に取った あるブランドのカタログに いまだに心に残る言葉との出会いがあったのです。その言葉とは・・・

「洋服に迷惑をかけない体作りしていますか?」というものでした。それを読んだ時、愕然としたことを今でもはっきりと思い出します。

過去に 「なぜ時計も着替えないの?」というコマーシャルコピーについてもお話したことがありますが それと同じ・・・いや もっと圧倒的に自分に問いかけてきたコピーだったのです。

まず、コピーというのは 商品に興味を持ってもらうための言葉でなければなりません。ともすれば その言葉で 売り上げが変わってくるわけです。直接的なのか イメージ的なのか、その手法は様々で コピーライターが四苦八苦しながら 生み出す言葉だったりします。いわば、商品の良さを引き出そうとするためのものなのです。

でも、そのコピーは 洋服を選びに着ている人たちにとっての反面教師・・・誤解を受けかねない言葉だと その時感じました。洋服に迷惑をかけないって・・・単純に考えれば サイズに合わせた体系でないと この服は素敵に着れないのですよ。と言っている様にも聞こえますし、太っていては この服は着れませんよ。と言われているような気にもなります。そんな言葉を カタログの裏表紙に載せるなんて すごい!と感じたのです。

当時私は がりがりに痩せていて、着ようと思えばどんな服でも着ることが出来ました。でも、スポーツウェアーであるポロシャツを着ても 似合わないどころか むしろかっこ悪いと感じていました。ある雑誌を見たときに 「ポロシャツ選びは ワンサイズ小さいものを選ぼう。」とありました。定番のラコステのポロシャツの 袖のリブが二の腕にフィットするくらいが いいのだという意味だったのです。鍛え上げられた肉体をもつ スポーツマンが似合う服それがポロシャツというわけです。だから、がりがりの人が着たって似合うはずもありません。当然のことだと ポロシャツを着ることをあきらめざるを得ませんでした。

今の時代は 何をどう着たっていいじゃない。決まりごとなんか気にしない。という風潮しかありません。そんな時代には 生まれるはずのないコピーだと、いささか残念な気持ちにもなります。

「洋服に迷惑のかからない体作りしていますか?」それは 健康的にスポーツをたしなみ、仕事もバリバリこなし、程よく遊ぶ。そのために いい洋服を着ることが人生なのです。と伝えるためのコピーなのだと 一瞬にして感じることが出来た私は あの時、愕然とし 衝撃を受けたのです。

ポロシャツが似合う男になれるように 腕立て伏せなどをして二の腕を鍛えてもみました。しかし、長くは続かず やはり断念しました。でも、その言葉だけは いつまでも頭から離れず、今も 私の心のそこでくすぶり続けています。くしくも、雑貨屋を始めてからも 同じ言葉を唱え続けています。自分が 思い描く暮らしぶりに 近づくための努力を惜しまず出来ていますか?と。

ポロシャツ一枚満足に着ることをかなえられなかったことを 自分が好きなことであればいつまでも続けられると言い聞かせ、一歩一歩積み上げていくことで 必ず そこに辿り着けるはずだと思うこと。あの時の 言葉はそんな事を教えてくれたのだと感じています。

雑誌を見て、こんな素敵な暮らしがしてみたい・・・と思いながらも 自分なりに行動できなかったり、長続きしなかったり、興味が薄れていったり・・・そういう人は ポロシャツが似合うようになりたいと思いながらも 体を鍛えることを諦めた私と同じ。でも、長い時間をかけて 作り上げられるとしたら、「迷惑をかけない体作り」 いや、「思い描く暮らし方に近づく自分作り」きっと出来るような気がしてならないのです。

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