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我が家の時間。

夏休みを頂き、田舎へと久しぶりに帰ってきました。花火大会に 夏祭りに・・・楽しい夏の思い出がたくさん出来ました。

長い移動時間のせいで 久しぶりの我が家のような感覚。柱時計も 止まっておりました。それから 2,3日 日中も家に居られなかったので 柱時計もそのままになっておりました。多少の疲れもあったので 落ち着いてからねじを巻こうと考えていました。でも、何かがいつもと違う・・・たくさんの洗濯物が 物干しにかけられ、旅の荷物もいまだ片付かず、日常に戻るには もう少しかかりそう・・・そんな感じです。

お店の柱時計も同様に 止まっておりました。お店のは すぐにねじを巻き 動かしましたが お盆明けであることと、イベント明けと言うこともあり お店はとても人の訪れる気配がありません。こまごまとしたものですが 新しい品物も入荷しているというのに 休み明けの心機一転のスタートとは いいにくい状況です。それは 仕方の無いことですが、ふと 考えてみました。家の柱時計が止まったまま というのは 日常が止まっているのではないだろうか・・・と。

勿論、時間は当たり前に 進んでいるのだけれど、我が家の柱時計は 暮らしの中心にあり、それを見ながら行動することが常になっているので 止まったままの柱時計では 日常が動いていないという感覚に感じられるのです。お店の時計も 我が家の時計も 相当古く、手をかけてあげないと その動きを止めてしまいます。そういうものと 一緒に暮らすことを決めたからには やはり 生活の中心は その時間をつかさどる古い柱時計と言うわけです。止まっていたら 日常も止まってしまう・・・そんな感覚が確かにあるような気がします。

再び 日常を取り戻すべく、急いでねじを巻き 時間を合わせたら いつものようにゆったりと時間を刻み始めてくれました。これで 普段の暮らしに戻れそうな気がします。

それでも、たった一つ 元気に動き続けてくれた時計がありました。それがこのお店にある柱時計です。

Photo

ある汽車の駅の車掌さん一同から どなたかへ贈られたもののようです。我が家のもお店のも 2週間もすれば止まってしまうのですが この時計だけは もっと持つような気がしています。21日巻きと言う表記がありますが 感覚的にはもっと長い期間止まらずに 動いています。そんなに長い期間手をかけずとも 時間の狂いも少ないですし、仮に止まってしまっても 時間を合わせるだけで 鐘のなる回数も自動で合わせてくれるので とてもらくちんな柱時計なのです。優秀だと感じます。

やはり、生活には 柱時計の鐘の音が必要です。我が家の日常にとって 柱時計が刻む時間は 無くてはならないものなんだと改めて 感じるのです。

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