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2020年4月

雰囲気を変える。

静かな日曜の朝。ゴールデンウィークの始まりとは思えない静かさ・・・国道沿いなのに この静けさ。今は 不要不急の外出を控えること、それが何よりも大事です。

ただ、お店は 立ち止まれません。生活のため、たった一人でもわざわざお越しくださるお客様のため・・・普通に暮らせる日が来る時のため、一日一日を無駄にできないのです。商品の調達や 手入れ、リメイクは 手間も時間もかかるから 今出来ることを淡々と続けるのみです。

お店は日々動いていますが レイアウトを変えることは 自分たちにとって必要な作業です。うちは ただ商品が棚に並んでいる雑貨屋ではありません。実際の暮らしの場面を想定しながら 「こんな 暮らし方はいかがでしょう。」と提案している雑貨屋です。だから 家具を含め、その暮らしに似合うものを見てもらい、自分の暮らしに生かせるものを見つける 喜びや それを探す時間を楽しんでいただくための お店だと思っています。だから、いろんな提案をしたいと考えてはいますが その雰囲気を変えるための 古い家具を見つけることは そう容易ではありません。思い描く、イメージ通りのものなど なかなか出てこないのです。

そんな中、ずっと変えていなかったキッチンのテーブルに代わるものは何かないものか・・・と考えました。そんな時、ふと目にとまったのが 懐かしい時代を描いたドラマのキッチンのシーン・・・テーブルとは別に 出来た料理を置いたり、作業したりする調理台の存在です。昔のキッチンは 広かったし、居間で食事をとるのが普通でしたから 必要とされた家具だったのだと思います。今の時代だって 置けるなら・・・とお考えの方もいらっしゃるかな・・・と。

だから、お店のキッチンの雰囲気を変えたくて 作業台になりそうなもの・・・というテーマで 探すことにしました。で、奇跡的に 偶然に出会ったのがこの家具です。

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小ぶりで 収納スペースもある作業台です。なんとびっくり、想像していたイメージ通り。背面のデザインもぬかりなく、すっかりキッチンのイメージを変えてくれました。色は フレッシュなイメージの若草色で 新緑の清々しい風が吹いたようです。

お店のキッチンの雰囲気を変える 素敵な家具になりました。

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一人暮らしの食器棚。

本当なら 新社会人や学生さん、転勤などで 新しい暮らしの始まる時期です。でも、新型肺炎の影響で 人の移動を控えなければならなくなり そんな季節の出来事も 普通に送れなくなっています。なるべく人との接触を避け 一刻も早く収束させ、普通の暮らしを取り戻したいものです。

私もこの時期・・・30数年前 田舎から札幌へ出てきて 一人暮らしを始めました。必要最低限のものを買い揃えてもらってのスタートでした。鍋が一つと ワンプレートで使える大き目のお皿が一枚。あとは必要に応じて 買い揃えていきました。ちょとでも素敵な部屋にしたい という思いはあってもその頃は まだまだ具体像を描くことはできませんでした。その頃に いいものと出会えていたら・・・無駄に捨ててきたものが思い出されます。

ちょっと変わったキャビネットをリメイクしました。飾り棚が仕切られていて とても素敵です。元は本棚だと思うのですが 食器なども飾りがいがあります。単身の暮らしには 十分な大きさです。初めから 素敵な食器を使いながら 料理を楽しむなんて 若い方は少ないかもしれないけれど、初めから出来るのならば 将来の暮らしの具体像を思い描くことが出来るような気がします。

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場所を作る。

新型肺炎の拡大が止まりません。日々用心に用心を重ねて 過ごしていますが ここまで広がると 本当に人事ではありません。いつ感染してもおかしくないという自覚を持って 責任ある行動をしていきます。

学校もお休みになり、家に居ても落ち着く暇も無い毎日です。でも、どこかでほっとできる時間を作らないといけません。さて、どうしましょう・・・。

今年は雪解けも早く 庭にも緑が増えつつあります。桜の開花も早まる予想・・・今はまだ眠っているバラの木々も そのうち葉が出て、芽が出て綺麗な花とその香りで楽しませてくれることでしょう。そんな庭を眺めながら 「今年は何を植えようかな・・・」そんな事を思いながら過ごす時間は きっと日常をほんの少しだけ 忘れさせてくれそうです。庭が見渡せる 窓際の小さなスペースに コーヒーテーブルがあれば ほっと一息つけそうです。

そんな場所ですから どんなテーブルでもいいとはいえません。足の細いちょっとモダンなテーブルに 秋木のスタッキングスツールをあわせて・・・縁側で 風を感じながら眺めるイメージです。

そんな場所を作るだけで 見る本や音楽にも違いが出てくるものです。家に居ながら 楽しめる大切な場所となることでしょう。

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楽しみは想像すること。

そもそも、わざわざ雑貨屋に出かける理由・・・それは 何を見つけられるかワクワクするからです。

最初から 欲しいものが決まっているなら 確実にあって、安く買える店へ行くべきです。時間を無駄にすることも無いからです。マグカップが欲しいと思った時、ただ飲めればいいものを求めるなら 100円ショップに行くべきです。充分事足ります。

でも、雑貨好きな私たちは それでは満足できません。ほっと一息つく 大切な時間のためのものだからです。自分にとって そういう時間を過ごすために必要なものを知っているからです。暮らす上で、必要なものは全て そういう気持ちで選ばなければなりません。これで良いかと選ぶものは 決まって後から後悔することも知っているからです。だから、あれが必要だぞ!と普段から思うことが大事。しかも、その時に 満足いくものを見つけられればいいけれど、たいていは そんなにすぐ見つかることは稀なわけです。だから 私たちには ちょっと個性的な珍しいものを扱うお店が必要です。普段の暮らしを満たすために・・・。

雑貨屋とはそういう存在です。探しているものは 無いことのほうが多いけど、2年前に こんなのあればな・・・と思っていたものと ふと出会えたりするからです。しかも、想像のずっと上を行くものとの出会いが・・・。

小さな書類棚を見ていて 思いました。とても古い家具です。大正13年と毛筆で書かれています。100年前の家具です。元は 書類をしまう棚ですが 違う使い道を想像すると・・・小さな扉を開けると棚板が2段、小物の収納に適していそうです。もし、手芸が趣味で 糸や端切れを片付けるなら 私なら こんな雰囲気が必要です。お菓子作りを楽しむ方は ケーキの型や道具を片付けるのに便利です。

ふと 目に止まるものが自分にとって どんな利用方法があるのか 想像してみる・・・こんな使い道も あんな使い道もありそう・・・そう想像することは 何よりも楽しいことなのではないでしょうか。実際に見て、触って、使い勝手を確認して 自分の暮らしに必要なものと出会うのです。

雑貨屋歩きは 実は目的の無いものです。だからといって ただ眺めていてもつまらない。自分の暮らしをかえりみて いつか必要だったものと出会い、この先必要となるものと出会う場所です。雑貨屋歩きの楽しみは 自分の暮らしの先を想像することなのです。

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甘い記憶。

商品パッケージというのは 売上を大きく左右するものです。まず、味や使い心地を知ってもらうために 手にとって買ってもらうための 大事なきっかけだからです。商品開発は 勿論のこと、パッケージデザインにかかる効果は もっとも重要といわざるを得ません。

知らず知らずのうちに 私たちはほとんど毎日、様々なパッケージデザインを目にしています。でも、現代 当たり障りの無いものが多く、パッケージがいいからこれにしよう!と思えるものは あまり多くはありません。それに、企業のイメージや好みの問題で 奇抜なものは避けざるを得ないというのが現状なのかもしれません。

それに比べ 昔のパッケージデザインは ある意味奇抜でした。味や使い心地を 手に取る人に想像してもらえるような・・・そんな心意気を感じたものです。まさに視覚に訴える商法。デザインの現場は きっと昔も今も変わらず 苦悩の連続なのかもしれないけれど、苦悩の仕方が違ったんじゃないかな・・・そう思うのです。

時々、入荷する昔のお菓子のブリキ缶。デザインが可愛いものが多く 見逃せないものです。昔は 量り売りが普通だったので 個別のパッケージではなく、缶のまま店頭に並べ 好きな量を買うというスタイルでした。だから、缶にはガラス越しに どんなお菓子が入っているのか見えていて、その缶自体が広告というか 味のイメージを伝える手段として、大きな効果を担っていたのです。きっとその缶のデザイン如何で売上も左右されたことでしょう。だから 各社こぞって可愛く、素敵なデザインを施したのです。デザインを考えるほうとしたら・・・この美味しさを視覚で訴えるには・・・と きっと悶絶したことでしょう。

そんなふうに生み出されたデザインは 長い時を超え、今の私に その苦労を訴えかけてきます。乳菓メリーランド・・・その甘く とろけるような味わい。さぞ夢のような美味しさだったに違いありません。今となっては それを味わうことは出来ませんが・・・正直、そこまで期待するほどではなかったという気もしますが・・・この缶が伝えるイメージだけは 幼い頃の甘い記憶を呼び起こしてくれるのです。蓋が無く、中も錆び錆びですがそれも味のうちです。

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思いもよらないものでした。

かつて、日本が高度経済成長を成し遂げた時代に いったい どれぐらいのものが国内で製造され、消費されたのでしょう・・・懐かしいものを辿っていると ふとそんな想いが頭をよぎります。だって、これだけたくさんの古いものと出会う日々を30年も続けているのに いまだに 初めて出会うものがたくさんあるからです。子供の頃のことで そういうものに興味が無かったので お店に行っていたとしても記憶に無いのは仕方ないのですが 田舎のお店にも そういうものがたくさんあったことは 間違いない事実ですし・・・それが 田舎の商店ではなく 大きなデパートや専門店だったとしたら・・・見たことの無いようなものが 山のように売れていったことでしょう。

それだけ、全国津々浦々 どんな家にも日本製の家具をはじめ、食器や暮らしの道具が行き渡っていたのです。

初めて 出会うものを目の前にして、当時のことをよく想像してみます。例えば、人気を博した食器などは 同じプリントのものでも色んな形のデザインが作られ 様々なバリエーションが存在します。おそろいの柄で 色んなシチュエーションで使えるということです。だから、きっと違うデザインのものもあるに違いないと 想像するわけです。

古めのアデリアの水差しと出会いました。自宅にあるものと同じものです。金と銀のプリントでシックなデザイン・・・モダンな雰囲気です。きっと同じ柄で グラスもあるはず・・・と予想していました。ロックグラスか タンブラーか・・・ところが 同じプリントで出てきたのが 小ぶりなグラスに金属の取っ手が付いたグラスだったのです。パイレックスのドリンカップというプラスチックの取っ手がついたグラスと同じような感じ。ドリンカップとは おそらく「drink up」の意味、さぁ 飲もう!っていう時に 使うカップですよってことだと思います。それと 同じようなデザインですから みんなでわいわいやる時に 使って欲しいという意味で作られたのでしょう。でも、柄がシック・・・テーブルでポーカーにでも興じるときに 使うようなイメージ・・・。そういう場面も 確かにありますからね。

今は 世間的に“密”を避けねばなりませんので そんな集まりもご法度ですが 晴れて、普通に暮らせる日が来たら 丸テーブルを囲み みんなでわいわい楽しみたいものです。

それにしても 予想は見事にはずれました。もしかして ロックグラスやタンブラーも出てくるかもしれないけれど それよりも先に出会ってしまったのは 思いもよらないデザインのものだったのです。

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