懐かしいもの

“一緒に暮らす”

私が古いものと暮らそうと決めて 最初に手にしたのが ミシンの脚にアンティークの板をのせたテーブルでした。それとほぼ同時に 頭に浮かんだのが 柱時計でした。子供の頃に聞いていた あのボーンボーンという鐘の音に 懐かしさを覚えたからです。柱時計が現役で家にあったのは幼少の頃でしたから 懐かしさを実感できるものとして 必要だと感じたのです。

最初は そういう郷愁を誘う気持ちが大きかったのですが 実際、使い始めてみると ぜんまいを巻かなければ止まってしまうし、時間の正確さにも期待できず 古いものなのだからこういうものと思い込んでいました。でも、付き合ううちに 癖やぜんまいを巻く周期などが分かってくると どこか一緒に暮らしを送っている感覚になってきたのです。

手がかかるもの。手をかけるからこそ 与えてくれるものがあるのだと実感しました。以来、ずっと一緒に暮らしています。もはや無くてはならない存在になっているのです。雰囲気がいいから・・・懐かしいから・・・そんな理由から 手にしたものではありましたが 私にとって 一番見やすい場所に掛かり、家の時間をたゆまなく進めてくれているのは 古い柱時計なのです。これからも大切にして ずっと一緒に暮らして行こうと思います。

しばらく いいものと出会えていませんでしたが ようやく新しい柱時計が入荷しました。セイコーの3週間巻き柱時計です。状態もよく しっかり動きます。棒状の鐘が2本、綺麗な和音がおとなしく、ゆっくりと時間を知らせてくれます。

お部屋の一番見やすい場所に置きたいので 動くと言うだけではなくデザインも重要です。シンプルながら ガラスのデザインがモダンで優雅です。

今までたくさんの柱時計をご紹介してきました。そのどれもが 今も時を刻み続けてくれていると思いますが どうしていることだろうと時々思います。気に入ってくださった方も誰もが 若い頃の私と同じように 大事にしっかりと腕に抱えて帰られました。精密機械だからと言うこともあるでしょうが 「壊れないように大切に使うからね。」という 無意識の気持ちの表れのような気がしています。だから “一緒に暮らす”という感覚になるのだと あらためて思うのです。

Photo

| | コメント (0)

眠りに誘う。

停電の後、ずっと 食事時以外は ろうそくの明かりで夜を過ごしています。節電の意識も 勿論ありますが テレビを見たり、まったりするくらいならろうそくの明かりで充分だと 気付いたからです。それに 少しロマンチックでむしろ楽しんでいて、電気代も高いので得した気分でもあります。夜が来れば 明かりを点けることが当然だと思っていましたが そんな感覚を見直す いい教訓になりました。

それに 眠れないことの無い私ですが ろうそくの明かりは 自然で心地よい眠気を誘ってくれます。揺らぎは気持ちいい・・・そうは思っているけれど 今あるろうそくのストックが無くなったら、ソーラー式のランタンでも用意したほうがいいな・・・そんな風にも思っています。

夜を明るく照らす照明は 暮らしには欠かせません。でも、照明は部屋を明るくするだけのものでは ありません。雰囲気作りだったり、エレガントな気分になれたり、照明一つで いつものお部屋の景色ががらっと変わるのです。

素敵な古いインテリアスタンドと出会いました。傘はありませんでしたが 下手な傘をつけるより シャンデリア球を点けるほうが素敵だと思いました。本来、こういうスタンドには 小玉の電球が付いているはずなのですが 見当たりません。でも、分解してみて発見しました。青いガラスの中に 小玉をつけるソケットが付いていたのです。電球を入れ スイッチを点けてみました。青いガラスが 水色に変わり、揺らぎの縞模様がぼんやりと現れました。まるで 白い砂浜の青い海の浅瀬に潜ったときに 海のそこに写し出される波の模様のようです。こんな明かりを見つめているだけで 波の音が聞こえてきそうな気がします。

夜のお部屋でこれだけだと 少し暗いかもしれません。でも、眠りに着く前のほんの数分・・・見ているだけで 穏やかな眠りに誘う・・・そんな涼やかな明かりなのです。

Dscf0002

| | コメント (0)

用意せねば。

今回の地震で 自宅の大切な食器の多くが粉々になってしまいました。電気がつかない中、スマホの明かりを頼りに 片付けを始めました。

足にガラスの破片が刺さり 少々流血していました。でも 気が動転していて それどころじゃなくて・・・割れたものを空き箱に入れている最中にも 破片で指を切り・・・娘に指摘され 絆創膏を張る始末・・・

台風で 作業小屋の大木のバラが 入口に覆いかぶさり 出入りができませんでした。作業するには 切るよりほかに手がありません。のこぎりで ギコギコ切る作業をしているそばから 足にかゆみが・・・蚊に刺されたようです。家に上がり 薬を探してみましたが どこにしまったかわからない・・・うちには 救急箱がなく あちこちにしまわれているのです。

肝心な時に 見つけられない・・・。滅多に使わないのだけど 必要な時にないと困ります。これを機に 薬箱を用意せねば・・・としたり顔で思うのです。

Photo

| | コメント (0)

支えられて。

今回の台風と地震は かつて無いほどの経験となりました。水が出ないこと、電気が止まること・・・それだけで不便でたまらないのに ニュースで今まで見てきた被災された方のことを思うと胸が苦しくなります。身につまされて 初めて知るこの感情は決して消えることなく心に刻まれました。助け合うこと・・・それがどんなに心強いことか・・・言葉ではなく、心で理解できたのです。いい歳をして。

地震当日、家の片付けもそこそこに 出かける用事があったので車を走らせました。ガソリンが残り少ないことに気付きます。ガソリンスタンドを捜し求めて走りましたが すでに長蛇の列が出来ていました。電気が止まっていることで 自家発電できる災害対応のスタンドの件数が限られていたからです。しばらく並んで 限定量でしたが給油することができました。食品も 地元のスーパーで買うことが出来 一安心しました。それらのお店には 自身も被災されているにもかかわらず きちんと対応してくださる方々が居てくださり支えてくれています。

昨日の法事も無事行うことが出来たのも そんな方々のおかげです。支えられながらでなければできないことばかりで 思い知らされました。

うちはただの雑貨屋で この状況では無用の長物です。そう思いながらも 店を開け 片づけをしていたら・・・近所のお客様がお顔を出してくださいました。「癒されることも大切よ。」って言ってくださったのですが むしろ、お話が出来て癒されるのは 私たちのほう・・・また支えられて こうして生きているのです。

お客様からの心配のコメントも頂いておりますが お客様のことも心配です。家具が倒れて怪我などされていませんように・・・お求め頂いたものたちが無事でありますように・・・そう祈るばかりです。お店は 奇跡的に無事です。余震も心配では有りますが 落ち着かれた時、またこの店を思い出していただければ幸いです。

Photo

| | コメント (0)

我が家の時間。

夏休みを頂き、田舎へと久しぶりに帰ってきました。花火大会に 夏祭りに・・・楽しい夏の思い出がたくさん出来ました。

長い移動時間のせいで 久しぶりの我が家のような感覚。柱時計も 止まっておりました。それから 2,3日 日中も家に居られなかったので 柱時計もそのままになっておりました。多少の疲れもあったので 落ち着いてからねじを巻こうと考えていました。でも、何かがいつもと違う・・・たくさんの洗濯物が 物干しにかけられ、旅の荷物もいまだ片付かず、日常に戻るには もう少しかかりそう・・・そんな感じです。

お店の柱時計も同様に 止まっておりました。お店のは すぐにねじを巻き 動かしましたが お盆明けであることと、イベント明けと言うこともあり お店はとても人の訪れる気配がありません。こまごまとしたものですが 新しい品物も入荷しているというのに 休み明けの心機一転のスタートとは いいにくい状況です。それは 仕方の無いことですが、ふと 考えてみました。家の柱時計が止まったまま というのは 日常が止まっているのではないだろうか・・・と。

勿論、時間は当たり前に 進んでいるのだけれど、我が家の柱時計は 暮らしの中心にあり、それを見ながら行動することが常になっているので 止まったままの柱時計では 日常が動いていないという感覚に感じられるのです。お店の時計も 我が家の時計も 相当古く、手をかけてあげないと その動きを止めてしまいます。そういうものと 一緒に暮らすことを決めたからには やはり 生活の中心は その時間をつかさどる古い柱時計と言うわけです。止まっていたら 日常も止まってしまう・・・そんな感覚が確かにあるような気がします。

再び 日常を取り戻すべく、急いでねじを巻き 時間を合わせたら いつものようにゆったりと時間を刻み始めてくれました。これで 普段の暮らしに戻れそうな気がします。

それでも、たった一つ 元気に動き続けてくれた時計がありました。それがこのお店にある柱時計です。

Photo

ある汽車の駅の車掌さん一同から どなたかへ贈られたもののようです。我が家のもお店のも 2週間もすれば止まってしまうのですが この時計だけは もっと持つような気がしています。21日巻きと言う表記がありますが 感覚的にはもっと長い期間止まらずに 動いています。そんなに長い期間手をかけずとも 時間の狂いも少ないですし、仮に止まってしまっても 時間を合わせるだけで 鐘のなる回数も自動で合わせてくれるので とてもらくちんな柱時計なのです。優秀だと感じます。

やはり、生活には 柱時計の鐘の音が必要です。我が家の日常にとって 柱時計が刻む時間は 無くてはならないものなんだと改めて 感じるのです。

| | コメント (0)

音楽とインテリア。

音楽を聴く環境が昔とは 随分変わりましたね。すごい進歩です。

「この曲名なんだっけ・・・」と娘に言ったら スマホのアプリを起動して かざすだけで曲名がポンと出てくるのです。昔のように レコード店の店員さんに 鼻歌を聞かせて どんなレコードか調べてもらうなんて 恥ずかしいことしなくてもいいんです。どんな曲でもダウンロードで手に入る。そんなこと想像もできませんでした。だから、音楽を楽しむのに場所は問いません。外にいても どんな部屋にいても聞けちゃうわけです。それに 珍しい音源だって検索すれば聞けちゃいます。ほんとすごいと思います。

でも、何故か わたしはそれに飛びつくことが出来ません。聴きたいと思う音楽以外は ラジオから流れてくる聞き流せる音楽で十分ですし、聴きたいと思う音楽を聴くときは その曲に似合う環境が必要だと思っているからです。いい音で じっくりジャズを聴きたいときは 自分の部屋のいいプレーヤーで聴きますし、昔のアニメやヒーローもののソノシートを聴きたいときは ポータブルプレーヤーでたくさんのおもちゃを眺めながら楽しみます。リビングで気軽に聴きたいときは 備え付けのポータブルプレーヤーが活躍します。3台のプレーヤーで 聴きたい気分に合わせて使い分けているのです。

今の音楽プレーヤーと比べると 場所もとりますし、けして手軽とはいえないものです。それでも 聴きたい音楽は 針を落として初めて聞こえてくるのです。だから 音楽もインテリアの一部。好きな環境に合う音楽が 大切なものとなるのです。

Photo

| | コメント (0)

輝く人に。

夏のドラマが次々と始まって とても楽しいです。ストーリーは勿論ですが 主人公の生き方にも惹かれるドラマが大好きです。ドラマや映画は あくまでも作り話。それは 分かっていても心惹かれるのは どこかで 「そんな生き方をしたい。」と思う気持ちがあるからです。現実にはありえないストーリーにも 主人公の頑張る姿に 自分を投影して、私にも輝く生き方が出来るような気がする・・・と感じさせてくれる物語・・・そういうものに 人は惹かれるのだと思うのです。

日常は 楽しいことなど殆ど無く、むしろ 苦しく つらいものだったりします。行きかう人の多くは それを感じさせるような気がします。でも、ごく稀に、何かを見つけたくて 目を輝かせている人を見かけます。稀だから そういう人にとても惹かれます。若かろうがお年を召していようが関係ありません。輝く人は そういう生き方をしているのだと思います。

ドラマの中の主人公になれるなんて誰も思わないけど、輝く人を見て 得られるその感情は 清清しく、自分も 同じようにいられたら・・・・そう思わない人はいないはずです。

自分も そうなりたい。きっとなろうと思う。そういう思いは 身の回りの人に 知らず知らずのうちに与えるものがあるような気がするのです。

毎日は しんどく、ただ楽しいだけではありません。だけど、自分にとって輝かせてくれるものは たくさんあるはずです。それに出会う気力は 自分でかき立てるしかないのです。

あの輝くまなざしを持つ人のように、自分もそうありたい。こんな雑貨たちが そう思い起こさせてくれるのです。

Photo

| | コメント (0)

硝子戸の向こう側。

ようやく夏らしい暑さになって来ました。夏休みももう少し・・・いい季節になりました。

夏が好きな理由・・・私は子供の頃、田舎育ちで 友達と遊ぶより、一人で昆虫採集やザリガニ取りをするほうが面白くて 夏の間は里山で行動していた記憶がほとんどです。おもちゃなどめったに買ってもらえませんでしたし、身近に 生き物と言う面白い存在がたくさんいたからです。バッタを追いかけたり、キリギリスを取るこつを覚えたり、池の周りをびゅんびゅん飛び回るオニヤンマをどうしたら捕まえられるか考えたり・・・自然には 面白いことがたくさんあったのです。

それと、子供の行きつけの場所。近所の駄菓子屋さんです。お小遣いもそんなにありませんでしたが 小銭をポケットに入れて いそいそと出かけました。

Photo

メガネをかけたおじさんが店番をしていて、今思うと おそらく今の自分くらいの年齢だったと思います。私もすっかりおじさんですが 昔のおじさんは おじさんらしい容姿でした。そんなに買いもしない子供相手に 決して無愛想な感じではなかったと記憶しています。田舎の駄菓子屋でしたけど 子供には魅力的なものがたくさんありました。入り口入って左の棚には 色あせた売れ残りのプラモデルが少し、少年少女向きの雑誌がさらっと並び、中央には 色んな駄菓子と怪しいくじ引きが天井から下がり、ショーケースにはぽつんと菓子パンが入っていました。そんな菓子パンにも 怪獣のシールが付いていたので けっこう魅力的に映ったものです。

今日は 昆虫シールの入ったコビトチョコレートにするか、はずれがほとんどだと分かっていても一等狙いのくじ引きにするか・・・悩みに悩んで ギャンブルに出る子供・・・懲りずにはまり、はずれの昆虫バッジが増えていくのみ・・・それでも何故か嬉しかった。思い起こせば 駄菓子屋には色んなドラマがありました。

そんな記憶の蘇るあの夏の日・・・夏が好きなのは そんな理由からなのです。

あの引き戸の硝子の向こう側には えもいえぬワクワクがたくさんたくさん詰まっていて、今でもそんな景色を思い出させてくれるのです。

Photo_2  

| | コメント (0)

らしさのために。

1970年代、照明は お部屋の雰囲気を決める担い手でした。カラフルで デザインもどこか斬新で・・・こんな照明のもとで お洒落さんたちはどんな暮らしをしていたのでしょう・・・花柄のグラス片手に ファッションの話に・・・恋の駆け引きに・・・。自分らしさを持つことを 楽しんでいた時代。お部屋にもしっかり主張が あったことでしょう・・・。きっと誰しもが できたことではないはずなのです。

さらっとプリントのワンピースを着こなすように・・・自分らしさのために 選びたいものです。

Photo

| | コメント (0)

テリトリー。

家を持つ夢を描くとき 自分の部屋を持ちたいと 誰しもが思い願うことでしょう。でも現実は・・・小さいお子さんがいれば まずもって そんな余裕のないことがわかってしまいます。よほど 広い家でなければ 最初から自分の部屋を持つことは やはり夢の一つと言えそうです。将来 子供が独立してから・・・そんな風に 気長に考えることになるのではないでしょうか。

ただ、もし現実に持てるとしたら どんなお部屋にするのでしょう。想像して考えてみるだけでも こんなに楽しいことはありません。自分が好きに使っていい部屋・・・いわゆる自分のテリトリーです。さあ、どうしましょう!私なら まず机を用意して、好みの椅子をセットするところから始めます。で、雰囲気のいい照明を置きます。温かな明かりの下で 本を読んだり、お酒を飲みながらレコードを聴いたり・・・そんな時間を過ごすのに いい雰囲気づくりをしなくっちゃなりません。

わたしは男なので こういう雰囲気が大好きです。アルミの電気スタンドですが ピカピカに磨かれてすごく綺麗です。わたしが若い頃買ったアルミスタンドは中国製の安価品ですが これはしっかり古い日本製。重みが違います。

小物のひとつひとつを吟味して揃えていく。自分のテリトリー作りは やはり夢を現実にしていく 具体的な作業となりそうです。

Dscf0008


| | コメント (0)

より以前の記事一覧