懐かしいもの

黄昏どき。

天候も回復し、晴れ間が見えた日曜の夕方。日も長くなって少し得した気分です。風はまだ冷たいけど 窓から差し込む夕日が綺麗です。

そんな黄昏どきに似合う場面を切り取って見ました。

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落ち着く景色。

インテリアを考える時、皆さんは 何を参考にしますか?今は いろんなタイプのインテリア雑誌があるので 好きなインテリアを探すのには事欠かないかもしれません。

私は・・・と考えてみると、頭に浮かぶ景色が参考になっているような気がしています。

私が小学校に入学したとき、その学校は 歴史ある古い木造校舎でした。5年生になって新校舎に移るまで 80周年を迎えた古い校舎で過ごしました。白い土壁に太い木の柱、ぎしぎしいう板の廊下と木の広い階段・・・トイレは コンクリート打ちっぱなしの仕切りのない古いトイレ・・・ちょっと怖かった思い出が・・・。

そして、風をひいていやいや行った病院の診察室の白いカバーのかかったスツールと白いカーテン・・・床屋さんの木枠の大きな鏡と白い医療棚。駄菓子屋さんのブリキやガラスのお菓子ケース・・・パンがいっぱい詰まったガラスのショーケース・・・それをきらきらと照らし出す裸電球の明かり・・・。そんな景色が 頭に浮かび、そういう景色を我が家にも 取り入れたいと思うのです。学校や床屋や病院や駄菓子屋で見た景色・・・それにまた出会いたくて 古いものを訪ね歩くのです。

自分にとっては 懐かしく 落ち着く景色。家でくつろぐ時間、そういうものに囲まれて過ごすことが 大事なインテリアの参考となっているのです。

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追伸

久々に 古い食器が大量に入荷しました。花柄つきの耐熱ガラスに、花柄グラス。ガラスの色付き小鉢に 可愛いお皿などなど・・・小引き出しも久々の入荷です。ご紹介はまた改めて・・・つたないお話とともに。

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旅の道連れ。

みなさん 旅はお好きですか?

日常を離れ、違う土地で 違う景色を見、違う空気を吸って 土地のものを頂く。非日常の体験を通して 心も体もリフレッシュできて、思い出のページ作りには 欠かせません。

うちは お店を始めてからまとまった休みも取れず 家族を旅行に連れ出すことはありませんでした。それでも 法事などで かみさんの実家に行くには 数日が必要で その道程は旅そのもの。この10年、その数回の帰省が唯一の旅と呼べるものでした。

やはり 違う土地に行けばその道すがらの景色・・・触れ合う人たち・・・記憶に残ることも多く、何てことない 切符の半券でさえ捨てられずにいるものです。何故か 旅の思い出は取っておきたくなるものです。そういうもの・・・誰しもきっとあることでしょう。

先日、古いトランクを仕入れました。それぞれサイズが違うので 積み上げてみました。どんな使い道があるかな・・・そんなことを考えてみました。

昔の人は こんなトランクに荷物をつめて、汽車に乗って旅に出たのかな・・・そんなことを想像すると、やはり 旅にまつわる使い方が似合うと思ったんです。今、これを抱えて旅をする・・・そういう人が居てくれれば本望だけど そんな人は居ません。だったら 旅の思い出を詰めておける収納にしてあげることが せっかく綺麗に残ってくれていたものに対する いい使い道ではないかと感じたのです。トランクですから 質実剛健、柔なつくりではありませんし、置いておくだけでもどこか絵になります。その中に 旅の思い出がいっぱい・・・って考えただけでも 素敵だと思うのです。

古いものに興味のない方は 想像もできないでしょう。こんなものを飾るなんて。そもそも旅とは 情緒的なものです。旅の道連れに 思いも残るものです。旅に思いを馳せられる人なら きっとわかってもらえる感情ではないかと思うのです。勿論、違う使い道もたくさんあるでしょう。でも、共通するのは 大切なものは大切にするという気持ちだと思うのです。

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見るという事。

お店には いろんな人がやってきます。外観とか 雰囲気で お店の特徴を演出しているはずなのですが わざわざ車を止めて、折角ドアを開けて入ってこられたのに・・・という方が少なくありません。

どんなものを置いてる店なのか?という興味からの行動ですし、よくある雑貨店と 少し違うような気がしているので 興味のない方にとっては 「通りすがりに見てみただけ。」ということなのでしょう。

勿論、雑貨屋は 見てもらわねば始まりませんから、お気に入りが見つからないことも当然のようにあり、むしろそれは お店側の品揃えの悪さからくることだと 承知しています。しかも うちの品揃えは ある意味偏っているので 街中の雑貨店とか 量販店の雑貨コーナーしか見たことの無い方にとっては異質な気がします。あえて そうしているわけです。だから、来られる方には 出来るだけ古いものと付き合う心地よさを精一杯お伝えできれば それでいいと思っています。せめて、普段の暮らしの一つのヒントとして 思う時間を持っていただけたとしたら・・・それで十分なのです。

でも、ほとんどの方は 「見ているのに見えていない。」のです。興味のある方は 違います。よくぞ 見つけてくれました!というものをしっかりと探してくださいます。感心するばかりです。

「見ているのに見えていない。」というのは 「見るに値しないものは 認識しない。」という言い方が出来るかもしれません。私自身も 興味のないものは 見ているのに 見たという記憶がありません。よくある事ですが 時間の無駄使いです。でも、不思議と好きなもの、興味のあるものは目に飛び込んできます。人って そういう風に出来ているのかもしれません。

「どう暮らすか?」という考えも 案外同じことが言えそうな気がします。新しい家があり、便利な家電を揃えます。それが“暮らす”という上で 大事なものだと誰しもが考えます。便利で快適!!そのために 新しい家電を求めるわけです。説明を聞き、出来るだけ使い勝手のいいものを探します。しっかり見て、満足するわけです。でも、それが 暮らしの中心だとすれば、古いものにその居場所はありません。積み上げてきた思い出さえも一緒に 処分してしまいます。それが普通で 当たり前だと思います。“見ているもの”が違うのです。

一例で 家電のことをあげましたが、うちにはおよそ 近代的な家電という存在は ありません。むしろその逆。近代的な家電には 合いそうもないものばかり。暮らすということの考え方の重きの置き方が違うのです。昔ながらの 暮らし方にもたくさんいいことがあり、それを大切にしていきたい・・・そう考えているのです。

何もすべての食品を冷蔵庫に入れる必要はありません。入れなくても大丈夫なものは 蝿帳へ・・・今では 家の中に蝿がいるなんてこともなくなりましたが・・・であれば 尚好都合。現代ですから 暮らしの中の大切に思っていることを 垣間見れそうな風景だと 私は感じるのです。

いろんな方が この風景を見ています。でも、本当の意味で “見えている”人は 滅多にいないことを 少し寂しく感じたりもするのです。
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看板犬。

うちのお店には 雨に日も風の日も、カンカン照りの日も大雪の日も・・・お客様を外で迎えてくれている看板犬がいます。とは言っても 本物の犬ではなく 犬型の子供用三輪車の犬です。

ずいぶん昔のもので、なおかつ ずっと外でお客様を迎え続けてくれているので プラスチックが劣化して もろくなり壊れてしまいそうです。以前は 子供に乗ってもらったりしたこともありますが 考えてみれば もうおじいちゃん・・・あとは 壊さぬように大事にしていこうと思っています。

一周年の記念でお配りした記念プレートの第一号デザインとして元気な姿を残して置けたこと・・・思い入れがあり 同じ犬種の小さなおもちゃを見つけては お店に飾ったりしてきました。店頭に並べるほどのものではなかったものは 手元に置いておこうと思います。でも、今日 ちょっと素敵なものと出会ってしまったので ご紹介します。

サンアンドスターという日本のぬいぐるみメーカーの 「101匹ワンちゃん」のぬいぐるみです。昔から ディズニーの版権を持ち たくさんのぬいぐるみを作ってきたメーカーのものです。ポンゴとパディータと子供が3匹。とても状態もよく、お店としては 離れがたいものですが 結構大きいので ちょこっと飾るというわけにはいきませんし、ばらばらに販売してしまうには 可愛そう・・・セットで気に入ってくださる方がいらっしゃれば・・・と考えました。

看板犬として ずっと付き合ってきたダルメシアンの三輪車と同じダルメシアン・・・離れがたいけど 大切にしてくださる方の元へなら寂しくはありません。ずっと居てくれてもいいのだけれど、お別れする日も来るのかもしれません。それまで 可愛がってあげようと思います。
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いつか、好きな自分に・・・。

自分のことは 自分にしかわからない。自分のことは 自分が一番知っている。という反面・・・自分のことを自分はどれくらい知っているのでしょう。

何故か 気分のいい日があったり、何故か 沈みがちだったり・・・答えのない 自己問答をする時があります。でも それを考えることは決して無駄なことではないと 私は思います。

若い頃は 自分を知ろうと 日々もがいていたように思います。人と話す時は どう伝えるべきか・・・理解してもらうには どうしたらいいか。どんな服を着て、どう見られたいか・・・。どんな映画が好きで、音楽が好みか・・・。何故 それらが好きなのか・・・。それが 本当の自分なのか・・・。そんな事探しをするだけで わくわくしたし、そのために行動していたといっても過言ではありませんでした。

「自分探しをして見ませんか?」そんな問いかけも 今の時代は どこか虚しく聞こえます。日々、スマホをいじっていれば 時は過ぎ、その中に ちょっと面白いものが見つかるだけで 満たされていく(偏見かもしれません。)・・・。うずたかく積まれた中から選んで、これでいいか・・・と思える洋服をかごに入れて レジに並ぶ。手頃で着易いというだけで 消費されていくだけのもの。そこに 自分らしさは必要ありません。みんなが認めるものだから 自分もそこにいる安心感・・・。そう思えてしまうのは うがった見方かもしれません。でも、あまりにも時代が変わってしまったと感じるもので・・・。

時代を映す雑誌も 流行を追い、基本的なことは教えてくれません。流行を真似すれば 今はいいけど その後は・・・という問いに答えてはくれません。ある意味、過去の自分を否定していくわけです。そんな中で 自分らしさを見つけるということの無意味さを どこかで悟るのです。それでいいと みんなが認めているのです。

私は そうは思わないんです。流行の服を着て、流行のメイクをすることより 自分が自分らしくいられるようなものに身を包み、はつらつとした表情が出来るようなメイクをすることのほうが 大事だと思うのです。いろんなことは 自分を知ることから始まるのです。容姿は関係ありません。あくまでも 自分らしくあることです。探し続けることで 心は抑揚を続けます。でも、きっとその先には いつか好きな自分になれる道があると思うのです。

昔のドレッサーは素敵です。ロマンチックなその見た目も、大きな全身が写る いい鏡も、自分をそのまま写し出し 今日の日を素敵に過ごせるように送り出してくれる気がするからです。
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追伸

変則ですが 今月のお休みは 4月4日(火)とさせていただきます。ご了承くださいませ。

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めぐり巡って。

出会いは不思議・・・何故か 古いものを探している時、同じようなものが目に入ってしまうということがよくあります。一つの出会いがつながっていくような感覚です。

だから このブログのトップページも代わり映えなく見えてしまうかもしれませんが どうぞ お許しを・・・。

今日ご紹介するものも 古い柱時計です。

最初の出会いは 埃にまみれ ぼろぼろの状態で放置されていたのですが ふと目に止まったことがきっかけでした。外箱も部材が欠損し、中を開けてみましたが 棒鐘の一本が抜けている・・・「これじゃ 無理か・・・」と諦めかけましたが 私の目を引いたのは 文字盤が絶対にありえないものだったのです。普通は メーカーの名前が書いてありますが どこにも見当たらず・・・よく見ると 白いペンキで塗られ、書いてある数字も どこか手作り風・・・しかも 緑・・・。ところが そのどこか懐かしい字体が妙に 上手に描かれていて・・・ブリキのおもちゃみたいな その不思議な文字盤に 心惹かれたのです。

「どうせ 動きそうもないから部品取りにするか・・・。」と買って帰りました。でも、もし動いたら・・・可愛いかも!そう考えた途端 なんとか復活させようと頑張ってみようと決めました。

外箱の部材の欠品は 木材を加工してなんとか復元できました。肝心なのは 機械です。箱から取り外し 油を差し、振り子を振ってみる・・・案の定 すぐ止まってしまう。前の持ち主が 動かそうと努力したのでしょう・・・螺子がいっぱいに巻かれていました。螺子を巻けば 動くというものではないので 少しずつ調整し、様子を見ていると 順調に振り子を振り始めました。でも、カチコチのリズムが変。更に微調整すると・・・正確なリズムで時を刻み始めました。なにも ここまで苦労する必要もないのですが せっかくの出会いを無駄にしたくはなかったのです。

外箱は 同じ色に塗装することは ほぼ不可能だと思い、思い切ってペンキで塗ることにしました。白い柱時計・・・そんなのがあってもいいはずです。文字盤の緑色と 白い外箱・・・ほんとにおもちゃっぽくて 私には 大のお気に入りとなりました。

もともとの持ち主から いったいどれ位の人の手を渡り歩いてきたのでしょう・・・文字盤が塗られ、棒鐘が抜け落ち、外箱が壊れ・・・めぐり巡って 私の元にやってきましたが ようやく 時計としての役割を担えるように 完全に復活しました。本当に直って良かった。これからまだまだ 頑張ってくれそうです。

”おもちゃっぽい”というのも もう一つ理由があります。棒鐘が二本あるのですが 同時に和音が聞こえる打刻方法ではなく、ずれて鐘を鳴らすので カーンではなく キンコーンとなるので テレビの大事な台詞を聞き逃す!ということが 頻繁にありそうな気がします。そんなわけで リビング向きではないかもしれません。だから 時間の制約のない場所や趣味的な場所に設置していただければ いいかな。と思います。手をかけてあげないと 動かない昔の古いおもちゃのような存在なものですから。

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追伸
2月のイベントの際、お配りした 「割引チケット」は 4月末日まで ご利用いただけます。機会があれば 是非ご利用くださいませ。久々に 「チョコホリック」の新商品も入荷しています。可愛い雑貨・・・いや ファンシーな雑貨を是非見にいらしてください。

そして、かみさんがインスタグラムを始めました。このブログのサイドバーに バナーを張ってありますので 見てあげてください。私とは違うかみさん目線の写真を これからどんどんご紹介していく予定です。お楽しみに~


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明日もそばに・・・。

私の子供の頃のように 品物が少なく、選ぶこともあまり出来なかった時代とは 今はあまりにも変わってしまいました。ある意味 たくさんありすぎて迷いを生む時代・・・そんな風に感じます。

勿論、たくさんある中から選べることが 納得できる第一歩ですから 当然のことではあります。でも、案外 ものがない時代に比べ 大切に思う気持ちは薄れつつあるように思います。
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新しく魅力的なものが大量に生み出され、古いものは 忘れ去られ 捨てられていく・・・。今あるものが 先々、そうならないよう もの選びをしたいものだと 私は思います。

「明日もそばにいて欲しい。」そういうものと暮らして行きたいと思うのです。
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模様替えのススメ。

冬は ほんとに苦手です。寒いし、仕事もはかどらず 切なくなってきます。お店も お正月明けのまったりした空気から 抜け出す道筋が見えません。

お店に動きが無いものだから どうしたものか・・・と考えるばかりで 何も出来ずに居りました。でも、このままではいられないと 覚悟を決めて、店内の模様替えをすることにしました。

一箇所動かせば それだけでは終われず、あっちもこっちも手をつけざるを得ないので 模様替えは 一日がかりの作業になります。心にある 素敵な場面を思い出しながら それを目指して飾っていくので 小物が散乱し、いつ終えられるか 途方も無い作業となるのです。

それでも、何となく形が決まってくると それまで心を占めていた喪失感は 自然と消えていて、むしろわくわくとした 明るい日差しが見えてきます。お店の レイアウトを変えたからって 特に 何かが起こるなんてことは ありません。でも、明らかに 自分の気持ちが変わるのです。

その場面を見た瞬間、「ここでどんな暮らしをしてくれるのだろう・・・。」そんなことを 思い描くだけで 嬉しさがこみ上げてくるのです。「ただの 模様替えで そんなこと・・・」と思われるかもしれませんが 皆さんのご自宅でも きっと同じなんだろうと思うのです。

おお事にするのは 大変でしょう。でも、家具を少し移動するだけで、小物をちょっと飾るだけで・・・お部屋は 新鮮な空気に満たされます。そんなことで 気持ちがちょっと変わるなら 是非とも やってみるべきだと思うのです。

窓辺には 外をゆっくり眺められる環境があるといいです。春のお庭を想像しながら ゆっくりとお茶を楽しんだり・・・

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子供たちにも 懐かしいものに触れて欲しくて・・・遊びながら ものを大切に使うことを知って欲しくて・・・・・といいながら 本当は そういう姿を眺めているのが嬉しくて。

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自分も 何かをしたいけど・・・何をしようかしら。そう思ったとき 環境は大切です。素敵な何かを生み出すには 素敵な環境で暮らしたい。原動力は そんなことにあるような気がします。個人の空間があれば 出来ること見つかるような気がします。

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新しいものを取り入れるのも いいことだけど、今ある環境を思い描く方向に 変えてみる。大変だけど きっとわくわくすることが 見つかりそうな気がします。模様替えは おススメです。

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ちっちゃいというだけで。

とても可愛いものをお譲り頂きました。

小さな小さな 子供用アコーディオンです。弾いたことはないのですが 見よう見まねで弾いてみると、意外と本格的。ベース音も鳴りますし、弾ける人が弾いたら・・・もしくは 練習を重ねれば・・・いい音楽が奏でられそうです。ぷーという音と 蛇腹が空気を送る音・・・幼い時に吹いた ハーモニカのように 懐かしい音がします。

とても小さいので 大人が弾くには少し苦労しそう。インテリアとしてもいい景色になりそう。でも、できれば ちっちゃな子供が弾きこなすところを見てみたい。

子供はちっちゃいと言うだけで可愛いのに、そのちっちゃな手で 腕を大きく広げて、大人のように 音楽を奏でる様子は きっと泣けてくるぐらい可愛いのではないかな。

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