懐かしいもの

アクセサリー。

アクセサリーといえば 指輪やイヤリング、ネックレスにピアス・・・可愛らしく 自分を引き立ててくれる大事な存在だと思います。いいものを身につける人は ステイタスを表し、年代に合ったものをチョイスして あれこれ付け替えるってのもお洒落で素敵なことだと思います。自分に似合うものを探す時間も きっと楽しい時間なんでしょうね。女性の そういう好奇心はとても大切です。男には 時計を凝るくらいしかありませんから、アクセサリー選びは女性の特権といえそうです。

でも、アクセサリー選びは女性だけの特権といえない部分もあります。身につけるものだけが アクセサリーとはいえないからです。

アクセサリーが好みを表し、自己表現の一つと考えると 暮らしの場面は そのほとんどがアクセサリーといってもいいかもしれません。人が暮らす中で、自分の好みに合ったものを選ぶことも アクセサリー選びと同じくらい 楽しく、目を向けるべきことのように思うのです。

少し理屈っぽくなりますが つける人を輝かせるもの・・・それがアクセサリーです。あくまでも 付ける人が主役です。暮らしも同じで、暮らす人そのものが主役ですから、生き生きと居られるように作り上げていくことが 選ぶ楽しさ、そこで暮らす喜びになっていくのです。

メインテーブルじゃなく 外の景色が見渡せる窓際の席は その人をリラックスさせてくれます。そんな場面をはたから見ているお相手も いい景色だな・・・と感じることでしょう。テーブルや椅子は そこで過ごす人を輝かせる あくまでもアクセサリーなのです。

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せっせと机に向かって作業しています。手仕事だったり、読書だったり・・・。雰囲気のいい、机は勿論お部屋のアクセサリー。そして、机の上の照明や小道具は 机のアクセサリー。似合うものを選んで置きたいものです。

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お庭の主役は お花です。それを引き立ててくれるのも ガーデンアクセサリーです。お庭の景色を壊さないアクセサリー選びは お手入れのやる気も引き出してくれるものです。

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食べることは最も重要なこと。ただおなかを満たすだけでなく、テーブルの景色にも ちょっとだけ気を配ってあげることで 主役であるお料理が ぐっと引き立てられます。食器は あくまでもお料理のアクセサリー。いつもの料理が 特別に感じられそうです。

アクセサリー選びは とても楽しいもの。自分に似合う暮らしのアクセサリーと出会う 豊かな時間を楽しんで欲しいと思います。

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元気の源。

皆さんにとって 元気の源とは何ですか?

私の場合は 思いつく限り書き出してみると、美味しいものを食べること。喜びを感じること。愛されていることを実感すること。必要とされていること。挑戦すること。だったりします。自分が元気かどうかは 健康だということは勿論ですが 気分が満たされていないと 本当の意味で 元気絶好調!とは言いにくいと感じます。ほとんどの方は 仕事や人間関係、何かしら満たされない思いを抱えていて、自分は元気か?と問いかけると 健康だけど もの足りない・・・と感じているような気がします。病気を抱えていないだけ幸せで、何の不満があるんだといわれてしまいそうですが 元気の源を見出せなければ 気力も引き出すことは難しく どんどん前に進むパワーも出てこないのではないでしょうか。

はたして、元気でいるために その源に満たされている人ってどれくらいいるのでしょう。誰しもが そうなりたいと願っているに違いないのですが なかなか出会うことは出来ないものです。

でも、私は 元気でいたいと願う一人として すべての項目を満たすことは出来なくても せめて ほんの一瞬でも元気を失っている自分から抜け出そうと考えたいと思っています。

そもそも、そんなことに心を向けざるを得ないのは 齢をとったせいです。見るもの見るものキラキラと輝いていた子供時分には そんなこと微塵も感じませんでした。悩みを抱えながらも 悪と戦うヒーローに憧れ、恋に恋する頃は その高揚感に心満たせれていた気がします。元気だったと思えるのは その頃がピークだった気さえしてきます。悪との戦いも、恋のお相手も 頭の中で生み出されたもので 勝手な妄想は自分だけのものでしたから、他人に左右されない自分だけの世界にいることが出来たのです。今となっては そんな自分だけの世界に浸ることは出来ません。現実の世界で生きていかねばならないのです。

だから、そんな子供時代に一瞬にして連れて行ってくれるヒーローのおもちゃを集めては眺めていますし、当時の女の子の恋する気持ちを表すようなファンシーグッズにも心惹かれるのです。そんな子供時分を思い出させてくれるもの・・・なかなか元気の出ない今の自分に 少しの勇気をくれる懐かしいものたちが 元気の源となっているのです。

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素敵の入り口。

暮らしは日々の積み重ね・・・いくら雑貨好きといっても 常に部屋を綺麗に保つのは 至難の業。家族それぞれが 部屋を散らかし、みんな大好き整理整頓!なんてご家庭は存在しないものではないでしょうか。時間を掛けて 大掃除するよりも 日常からこつこつ心がけることが出来れば いいのになぁ・・・と思うのですが なかなかそうも行きません。

自分の部屋は まあ大目に見て、服が脱ぎ散らかしてあってもしょうがないと諦めて せめて見えないようにドアを閉めておけば プライバシーの名の下に 好きに出来ますが みんなが使う共有スペースは 最低限散らかさずにおきたいものです。でも、できれば いつ見ても素敵にしておきたいと願ってやみませんが・・・日々忙しくしている中では 目をつむることもやむなし!なのです。

雑貨屋としては 暮らしを楽しんでいただくために 素敵だと思えるものをご提案していますが ただ素敵なものを持っているというだけでは 物足りません。暮らしを支える家具があり、そこに暮らしを彩る食器や雑貨が並び 自分の好きな景色の中で 生きていくことを理想としています。世の中には 様々なものがあり、選ぶ自由があります。特にこだわらずとも 暮らしは成立します。でも、こだわりのある人はそれでは満足できません。自分の好みで暮らしを彩り、自分らしく生きることが楽しみであり、喜びと感じているのです。

お部屋が素敵だとそれだけで 暮らしは生き生きとしてくるものです。大好きなものに囲まれて 目に映る景色を楽しみ、実際に使うことで喜びを感じる・・・家族との時間を大切にするために 色々吟味して雑貨探しをしてみて欲しいと思うのです。

すでに、かみさんのインスタではご紹介していますが 私もブログに残しておきたくて 写真を撮りました。未使用のビーズ暖簾です。何度か 色合いの可愛いポップな玉暖簾はご紹介してきましたが 全部中古品でした。勿論、漂白し きれいにして店頭に出していましたので 油でこてこてなんてことはありませんでしたが 初めて、未使用のデットストックに出会うことが出来ました。玉暖簾ではなく 小さなビーズでできたビーズ暖簾なので ほぼドア一枚分のお部屋の仕切りが出来ます。水玉がきらきらと滴るように 大きさの違うビーズでできています。光を受けて とても綺麗です。

暖簾は本来お部屋とお部屋の仕切りのような役割があり、ともすれば見せたくないところの目隠し的に使われることもあったようですが それではもったいないなと思います。この暖簾をくぐるたびに 自分のお気に入りの景色が目に飛び込んでくる・・・ワクワクする部屋への入り口・・・そう、素敵への入り口にしていただければ・・・そう思うのです。

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憧れが詰まってる。

昭和30年代の初め頃、少女向けに 小さなポーズ人形がたくさん作られました。ケースに入ったフランス人形や大きなポーズ人形が作られた 少し前のことでした。まだまだ 庶民が貧しかった時代だったけれど 外国の文化が広く紹介され、可愛い洋服に 多くの少女たちが夢と憧れを抱いていた頃のことでした。

小さな鏡台に向かい 髪をとかし、身だしなみを整えるその傍らに 小さなポーズ人形が飾られていたのです。時に ちょっと大人な大き目リボンのついたワンピースで デパートに出かける日を夢見て・・・白鳥の湖を演じるプリマドンナに憧れて・・・少女たちの憧れを後押ししてくれていたのです。

今見ると 実際には決して可愛いとは言いにくいですし、端切れで作られたような洋服を着ています。のちに出てくる フランス人形のような高級感はありませんが 少女が夢見るには十分な出来栄えです。「どう?似合うかしら。」と自信たっぷりなポーズが どこか夢見る少女らしく、微笑ましく・・・可愛いと思うのです。

現代のように ものがあふれた時代には考えられないかもしれないけれど、物はあれど おいそれと手にできなかった時代には こんな小さな人形が 憧れを育むことに一役買っていたのです。

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レトロを楽しむ。

古いものの中でも 私が子供の頃のものが一番ウキウキします。テレビをつければ 子供番組が目白押しで とても楽しく、夢を育んでくれていましたし、電化製品など新しいものがどんどん生まれ より便利に、未来は明るいと想像させてくれる空気に満ち溢れていたころの 暮らしの背景にあったものばかりだからです。楽しかった子供時代を思い出させてくれるものに 心が騒ぐからなのです。

特に70年代は 小・中学校に通う中で 心に残る出来事も多く、ちょうど古臭いものから 新しいものへと暮らしも入れ替わりをしていた時代でしたから 一番印象に残っています。でも今思えば、その時代 もう少し大人だったら もっとすごいものが見られたのに・・・とも思います。

私の興味は ウルトラマンや仮面ライダー、江戸川乱歩の少年探偵団やフォークソングなどなどでしたから、暮らしの道具になど興味はありませんでした。時々連れて行かれる家具や雑貨のお店などへ行っても 花柄の食器類や サイケデリックな家具などを見て 「派手。」と思うくらいしか出来ませんでしたし、でも確実に そういうものが暮らしにどんどん入り込んで来る中で 新しい時代が来ていることだけは実感できていたのです。大人になり 大好きになったアメリカやフランスのミルクガラスの食器なども 実はたくさん輸入されていましたし、花柄グラスやファンシーグッズなども 所狭しとお店に並んで・・・それはすごい景色だったのですから・・・。

そういう時代も遠い過去、あの時大人だったら・・・と思ってみたところでどうしようもなく、今は せめてもその足跡を追いかけることしか出来ません。でも、なかなか出会えないから 余計にウキウキするともいえます。しかしながら 懐かしければ何でもありかというとそれは違います。それぞれの世代によって レトロと感じるものは違うからです。好きなものを集めて作ったお店の片隅は 私が子供の頃の時代背景そのもの。眺めているだけで 楽しくなってきます。

アメリカからの輸入品のカップアンドソーサーとサーバーも 日本生まれの雑貨類も 国は違えど 同じ時代を色濃く象徴しています。レトロを楽しむこと・・・それは 大人になって初めて出来ることなのです。

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個性。

昔のものを見ていると、個性の強さが際立っていると感じます。今の時代のように、広く一般に受け入れられるデザインで もの作りをすることではなく、どんな人に選んで欲しいのかという投げかけの元に 種類も豊富に 「あなたに気に入って欲しい。」といわんばかりに 様々なデザインのものが生み出されてたのです。だから、デザインした人の個性も感じるし それを気に入った人は なぜそれを選んだのかの理由があったのではないかと思うのです。

例えば 照明一つと取ってみても、差しさわりの無いデザインは 子供が使っても、大人が使っても現代の暮らしに合っていれば 色んなデザインを作る必要はありません。子供向けと考えれば 人気キャラクターに頼らざるを得ず、時代を超えることは出来ず、消え去るのみという運命から逃れることは出来ません。大人向けと考えれば どんな大人に・・・となると、それもまた 無謀な商品開発となりかねません。

でも、昔は 誰に使って欲しいのかというテーマの下に もの作りがされたようにしか思えないくらい 色んなデザインの照明が存在していました。男の子向け、女の子向け、学生向け、会社社会人向け、色んなインテリア向け・・・色んな好みに応えられるように色んなデザインが生み出されたのです。その中から ヒット商品が生まれ、消費者から支持されることを夢見て デザインで他社との競合を計ったわけです。おそらく、そんな時代は もう来ないでしょう。そんなリスクを賭けるほど 期待されているような分野ではありませんから。当たり障りの無いデザインの照明で 灯りが点せれば何の問題も無いということなのです。

これだけスマートフォンが普及し、愛の告白もメールやラインですることに抵抗のなくなってきた時代に、今更 ラブレターなど書く人もいないことでしょう。それに、自分の机を持たなくなった学生が 机に向かい思いをしたためることもなくなることでしょう。友達からもらったプレゼントを飾ったり、思い出の品をしまっておく引き出しも無いのなら、机など無用の長物でしかありません。自分の世界を作れるスペースを持たないとすれば 個性のある照明など必要も無いのです。思いをしたためるには 少しロマンチックな気分に浸って・・・そんな演出は もう必要ないということなんでしょうか・・・。

個性の強いものは 決して皆に愛されるものではありません。でも、そういうものこそ これじゃなきゃだめなんだ!と思う人もいるはずなのです。私は そういうもの選びが出来る人になりたいと思います。だから こういう照明じゃないと・・・・・と思うのです。

ナショナル製の古い電気スタンドです。淡いグリーンの色合いも ミッドセンチュリーなデザインも作り手の強い個性を感じさせてくれます。そんな照明の下で 何を感じ、何がしたためられるのか・・・それは このデザインじゃなくちゃ!と感じてもらえる 個性ある人だけのお楽しみなのです。

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流行。

流行に乗り遅れると 時に 恥ずかしい思いをするときがあります。私も 若い頃は そんなこともありました。流行は 若い人から 年寄りまで、世代によって起こるものです。それぞれの世代で ほどほどに楽しめれば いいようです。

ただ、私は 流行には縁の無い生活を送ってきました。自分にとって いいものがはっきりしており、それを脳裏に浮かべながら 生きる糧を探し続けてきたからです。自分が 齢をとっても変わらずに暮らしていられること。条件は それだけでしたから迷いも何もありませんでした。着るものも、住まいも、音楽も、趣味も、齢をとったときに どうありたいかが基準で、その上で 性格も 家族とのつながりも 人付き合いに対する考え方も 自然と身についてくるものだと感じていたのです。だから 巷で起こることは 静観することが出来たのだと思います。ゆえに 経済的な貢献は少なかったかもしれませんが・・・

そうやって暮らしてきて 今思うのは 基本となる 住まう環境は特に大切だということです。誰に気兼ねすることなくいられる環境は 人生の大きな買い物です。つまり、家やマンションを持つことです。色んな事情から それが出来ないことも多いかもしれませんが 夢を描く上で 一番の事柄だと 多くの人は思っているはずです。でも、いざ!となると どこからスタートすればいいかわからず、思い切ってスタートできたとしても 色んな条件で思うように ことを進められなかったりもします。妥協や 迷い、それはもう当たり前で 思うように出来ることほど難しいといえます。

かりに、今どっぷりはまっている流行があるとして それを実践してしまったら、後々大変なことになりかねません。ただでさえ どんな新築であろうがリノベーションしたてであろうが 形あるものは必ず古くなっていきます。それが暮らすということです。むしろ 形の無い流行というものが 古くなってしまうほど 取り返しの付かないことはないのです。誰しも 夢見て、一生に一度と感じながら 手に入れる我が家が 将来、そうなってしまわないように 考えなければならないと思います。

私も思い切って今の家を決めました。新しかった家も 今では随分と汚れてきています。でも、それに合わせて 古い家具が新しいときよりむしろ、似合うようになってきたと感じます。この先は もっともっと古くなっていくことでしょう。でも、暮らしは変わりません。変わった構造、間取りにしなくて良かった。そう思う間もなく、人生は過ぎていきそうです。

古いものはいいですよ。他人に左右されること無く、自らが選び ずっと好きでいられる味わいに溢れていますから。あ!でも 自分でいいと思わなければ それもまた 他人の意見に惑わされるということですもんね。でも、古くなる流行に惑わされないことは これからも大事だと思うのです。

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ひまわり。

私が子供の頃、明るく、ほがらかな女の子のことを まるで ひまわりのようだと例えられました。流行歌にもありましたし、洋服や身の周りの小物にも 多く用いられたモチーフだったので、ひまわりは 周りを明るくする存在の象徴みたいに感じられたものでした。

中原淳一氏が創刊した「それいゆ」はフランス語で ひまわりの意味。太陽の子。大地に強く根を張って みどりの葉をしげらせ、大きな花を真夏の太陽に向かって咲き続けるたくましい花・・・と巻末にも記され、ひまわりのような女の子になってほしいと願いを込めて作られた雑誌だったのです。

いつの間にか時は過ぎ、桜の歌は数多く作られていますが ひまわりの歌は 一向に見かけなくなりました。すっくと太陽に向かって大地に立つというイメージは もう古いということなのでしょう。今でも ほがらかで、元気な笑顔はじける女の子をみると 屈託が無く素敵だな・・・と思うのだけど、そういう子は少数派ということなのでしょうか。確かに、周りを元気に 明るくしてくれるような存在は 滅多にいません。でも、昔は そんな存在に憧れて自分磨きをする子がたくさんいたように思うのです。みんなにではなく、あなたのためにひまわりのようになりたい・・・と言う歌が脳裏に浮かんできます。

無理して明るくしようとか、元気でいようとか そういうのはやはり疲れてしまいます。でも、見るものや 聞くものに感動し、自然と浮かぶ笑顔や 目の輝きは 作ろうとして出来るものではありません。自然体で キラキラ出来る人は やはり魅力的で 人を惹きつけます。誰しもが そうなりたいと願っているような気がします。ひまわりという花を忘れずにいたいと思うのです。

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花に似て。

春が来た!と思ったら積もるくらい雪が降りました。でも、まだ3月。本来の北海道の春に 雪解の早さがもたらした 気まぐれだったのかもしれません。この先は 温かさも戻り、いよいよ春の到来となりそうです。

花の季節はもう少し先ですが 長い冬を終えて、草木たちが芽吹き始める季節が大好きです。春生まれということもありますが いろんな意味で新鮮に感じる季節だからです。卒業があり、入学があり、新生活があり、新年度の始まりがあり・・・人生の節目を感じることは この年になって必要だと思うようになったのです。年を取るということは いろんなことに思いを馳せること・・・そういう風に人生って出来てるのかもしれません。

お店には 花咲く野原をイメージさせるような 花模様のたくさんのグラスが揃いました。そして、大好きな古い柱時計も揃い始めています。

先日ご紹介した 小ぶりな柱時計と比べても更に小さなサイズです。精工舎製で あまり見かけないデザインです。渦巻き状の鐘で 少し高めの音でボーンボーンと鳴ります。小さいので圧迫感もなく リビングというよりは書斎向き。振り子も短いので周期が早く カチコチ音が短く感じます。精一杯進もうと頑張っているようで なんだか可愛く感じます。調整をしたら しっかり動き始めてくれました。大事に使えば この先何十年も動き続けてくれることでしょう。

ただし、ねじを巻かなければ動いてはくれず、時間調整や打刻修正など 構造を理解して、丁寧に手をかけてあげなければなりません。時に 面倒だと感じることもあるでしょう。でも、それは 花を育てることと似ています。ほったらかしでも花は咲きますが 手をかけなければ荒れてきます。人は何故、花を植えるのでしょう。見栄えのため・・・そうではないはずです。自ら手入れし、自らが愛でるため。それに応えてくれるから愛情がわくのです。柱時計も同じこと。選んだ人の暮らしのBGMとなり ともすればゆっくりとした時間を与えてくれます。手をかけてあげることで その時間を与えてくれるのです。

花を愛で、古いものを愛でる暮らしには 手をかけることを惜しまない気持ちが必要なのだと思うのです。
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何気に楽しむ。

雑貨は日常を楽しくしてくれるものです。どこかへ出かけて、非日常を体験することも すごく大事ですが なにも特別なことをしなくても 楽しめることがきっとたくさんあるのです。

普段の暮らしを 少しだけ刺激的に過ごしている方なら、大型連休に出かけることも、きっともっと有意義に感じられることでしょう。渋滞だって、混雑だって、その人なりに楽しむ方法を創造して 結果的に ただ疲れたと思うような過ごし方はしないはずです。そう、普段から楽しむことを実践している人は 周りから見ている人が 生き生きとしていると感じるものなんだと思うんです。楽しみを見つけられる人は 自分が何を求めているか知っている。そういう人なんだと思うのです。

雑貨は そんな日常に、楽しみや喜びを感じさせてくれる道具だと思います。少しだけこだわって 自分の暮らし方を見つけられたら・・・毎日を なにげに楽しむことが きっとできるでしょう。テレビや映画に楽しませてもらうばかりじゃなく、自ら楽しむことが出来たら・・・そんなに素敵なことはないと思うのです。

毎日の食事を贅沢で楽しむのではなく、普段通りでも楽しむには やはり食器が大切です。彩や 組み合わせで、食卓を華やかに。ちゃちゃっとというわけにはいかないけれど、何を作るかではなくて・・・料理に合わせた食器を選んで、時に食器からインスピレーションを得て・・・なにやらいろんなヒントを探して 好奇心もむずむずとしてきそうな気がします。

そんな毎日は面倒。でも、楽しいと感じることは もともと面倒なものです。そこに喜びがあり、周りの人が 生き生きしてると感じるものなのです。

出来上がった料理がワゴンで運ばれてきます。ここは レストラン?作る人も食べる人も なにげに楽しそうな景色が目に浮かぶようです。

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