懐かしいもの

素晴らしきかな。

この冬、野菜が高くて困ってしまいます。先日 ちょっと奮発して食べたキャベツの千切りの美味しいことといったら・・・どか雪の除雪作業に、燃料費に、野菜不足・・・北海道は 忍耐が無ければ暮らせませんね。

ここのところの連日の除雪作業で ほとほとお疲れ気味ですが お店もいつにもまして のんびりとしんみりとしています。雑貨は 食品などの生活必需品ではありませんからね。この時期は しょうがないと思うよりほかありません。

店を 見渡していると、いくつかの雑貨が目に留まりました。昔 配られたノベルティ雑貨であります。ノベルティをつけることで 販売促進が期待できますが 現代の事情と昔の考え方の違いは あまりにも歴然たる差があるような気がしてなりません。もらえれば何でも良いわけではないという点において、考え方の違いに気付くのです。

キャラクター頼りのノベルティは 昔もたくさんありました。その一方で 独自の色を強く打ち出し メッセージ性を感じさせるものが 昔は多くあったような気がするのです。

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例えば この初代クラウンの置物は 煙草入れになっています。実車を忠実に再現し、オーナーとしてのステイタスを感じさせる 素晴らしいものです。手前のライターは ロンソンタイプのオイルライターですが 朝日生命の名が刻まれています。憩いのひと時を・・・と言う意味か、健康へのいましめか・・・。それでも 簡単に壊れてしまうようなものではありません。また、小さなガラスのキャニスターは マックスウェルというインスタントコーヒーの刻印があります。刻印があるということは このノベルティのためにデザインされたものということではないでしょうか。チューリップのデザインが可愛くもあり、かっこいいです。アメリカマクドナルドのノベルティマグは 冬春夏秋がデザインされ たくさんの幸せが訪れますように・・・とメッセージが込められています。このデザインも素敵です。本当なら レアアイテムなのですが 状態がいまいちなので お手頃価格にしています。そして、森永のビスケット缶のデザインの奇抜さと かっこ良さといったら・・・デザイナーさんの個性が光る一品だと思います。

いずれも、時代が変われば捨てられても仕方の無いものです。ビスケットの中身が無くなれば 用済みとなる単なる入れ物ですし、思い入れも無くただ もらえるからもらっとこう。というものであれば 真っ先に処分されてしまったことでしょう。でも、どんなノベルティにしようかを考え、素敵なデザインをひねり出したデザイナーの 仕事に向かう姿勢は、とても素晴らしいと思います。こういうものを生み出してくれた 昔の企業家の考え方に共鳴できるのです。おまけだから・・・と考えなかったことで こうして、今のノベルティ事情との違いを感じることが出来るのですから。

素晴らしきかな 昔の人の考え方。素晴らしきかな 昔のノベルティ。そう思うのです。

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不思議なもので。

状態が とても良かったもので、古いままで 飾っていた文机がありました。いかにも 日本風なその佇まいのせいか しばらく売れずにいたので 思い切って塗装することにしました。本当は その元のままの姿をお楽しみいただきたかったのですが 古風で日本風なものは やはりうちには 似合わないのかもと再認識した次第です。

でも、塗装してみて 納得いたしました。古いものには間違いありませんが 色を塗ることで ある意味、洋風なものへと感じが変わったからです。これであれば ソファの前において センターテーブル代わりに使ってもいいのではないでしょうか。

ディスプレーは 色んな場所で出会ったものをごちゃごちゃと・・・でも、なんだかこの感じが 個人的にとても好きです。生まれた場所も 使っていた人もばらばらなのに こうして集まってみると なにやら楽しげです。一つ一つは がらくたなんですけれど。

不思議なもので 色を塗っただけで・・・がらくたを集めただけで・・・こんなに楽しげになるのですから。

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あの頃のワクワクを。

気がつけばもうすぐクリスマス。娘へのプレゼントも用意して なんとなくクリスマスの準備は進めていたけれど、子供の頃のような ワクワク感は 感じなくなっています。大人になってからも かみさんとのクリスマスは お互いにプレゼントなど用意して 心躍る楽しいものでした。娘も小さい頃は 喜ぶ顔が見たくて 同じようなワクワクを感じていたものでした。

小さかった娘も成長し、もうすっかり大人。プレゼントもきっと大喜びしてくれることだろう・・・と楽しみではありますが なにやら今までの自分の気持ちとは 少し変化してきていることに気付きます。

それは・・・きっと、自分自身が子供の頃感じていたようなワクワクした気持ちを感じられなくなっているからなのです。それもそうです。私もすっかりおじさん。ただ、のどから手が出るほど欲しかったおもちゃを待ち望む年ではありません。クリスマスは 家族で過ごせれば いい日へと変わってきたのです。しかも、娘もいつまで 親と一緒に過ごしてくれるか・・・なんてことを考えると 少し寂しさもあいまって・・・感慨深い行事へと変わってきているのです。

でも、せっかくのクリスマス。あの頃のワクワクを思い出して、そんな気持ちで迎えられたらいいなと思うのです。そんな時ふと目に留まったのが これです。

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大嫌いだった病院の診察室で 青白い光を放っていた存在。中に置いてある 診察器具が妙に綺麗で・・・格好良く感じて・・・その時 欲しくてたまらなかった「変身サイボーグ」というおもちゃを連想していました。スケルトンのボディの中は 機械になっていて 色んなヒーローに着せ替えできるというおもちゃでした。悪役や相棒の動物もサイボーグという未来的でSFチックな世界観は とても魅力的でした。ストーリーを考え、遊ぶ・・・遊びは創造ということを体験させてくれたおもちゃだったのです。

そんな気味もちをふっと蘇らせてくれて、少しだけ あの頃のワクワクを思い出し クリスマスを楽しむ気持ちがわいてきたのです。こういうことかもな・・・と思い出せてよかったと思いました。皆様も 素敵なクリスマスをお迎えくださいね。

ちなみに 中の蛍光灯を普通のものに変えてあるので、お気に入りのコレクションを飾る特等席にいいかもしれません。工夫する楽しさはまさに創造。おもちゃと同じワクワクする感覚です。

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『やる気』

去年の今頃は 娘が受験勉強中で、夜遅くまで眠い目をこすりながら 頑張っていたことを思い出します。その頑張りの甲斐もあり、春には いい便りが届いて 今やキャンパスライフを謳歌しています。

勉強は 一日にして成らず、日々の積み重ねといいます。やる気スイッチを押し続けてくれる環境があれば 持続してやる気も維持でき、いい結果を得られる機会も増えることでしょう。でも、本当の意味で やる気になるっていうことは やはり本人次第なのだと思います。地道に続けることの難しさは やる気によってカバーされるものだと思うのです。本当にやる気にならなければ やっているふりを繰り返すだけ。子供に いくら「やる気になりなさい。」と そう言ってみたところで、本人が見つけなければ意味が無いのです。

振り返ってみれば、そう言っている自分は どうだったのだろうと考えます。やる気を見せている人が言う場合と、あなたのためを思って・・・と言う場合と 受け取るほうの気持ちはどうなのでしょう。

自分のことを棚にあげて 親の威厳にかさを着て 言うことは簡単です。でも、子供は 簡単なことに向かうわけじゃない。やる気をコントロールしながら 眠い目を見開くのです。もし、言う側の私自身が 日頃から どんなことに対しても やる気をもって挑む日々を送っていたとしたら 「やる気が大事!」と言うだけで 説得力あるものになると思っています。だから 「やる気」は大切。そう思うのです。

毎日の仕事をそつなくこなし、時々楽しいことがあり 平和に暮らしていれば 何の文句もありません。でも、そんな日々は ある意味退屈といえなくもありません。どんなことでも 子供と同じように やる気を持って挑戦し、頑張っている姿は 悪い影響を与えるものではありません。やる気をもって仕事に精を出し、趣味にだって真摯に向かい合う・・・そういうことって 自然と伝わるものではないかと 私は都合よく解釈しています。

それには 自分自身が奮い立つためのやる気が大事。今日はやめとこうか・・・流される気持ちを起こさないためには 何が必要か。大人なのだから 自分で考えるしかありません。私には 自分だけの場所が必要です。そのために欠かせないお気に入りのものたちが必要だと 大真面目に思うのです。

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11周年記念祭も明日、12月10日(日)で終わります。お得なダブルスタンプも明日までです。よかったら 有意義にご利用くださいませ。

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ポップな時間。

「シックな時間。」というお話に続き 「ポップな時間。」にもお付き合いください。

懐かしく感じる方も多いかもしれません。この手の家具は 色んな友達の家にもあった記憶があるので たくさん売れたのではないでしょうか。割と低価格で 買いやすかったのがその理由だったのでは・・・と推測できます。でも、理由はそれだけだったのか?なにぶん子供だった頃のもので 親世代の人たちがこぞって買い求めた気持ちを知ることは出来ないので 本当のところはわかりません。

ただ、この当時 暮らしを取り巻く環境は ずいぶんと色にあふれ、ポップなものがあちこちで見かけられました。サイケデリックなどの近未来的なファッションが出てきて、ちょっと変わった時代だった気がします。食器なども ポップな花柄やフルーツ柄などがあり、そういう流行にあわせて ポップな家具も登場したのではないかと・・・・推測ですが。

だけど、冷静に この色の家具をたくさんの人が買ったのは 正直あまり理解できません。普段、シックな色の服ばかりを着ていた人が いきなり縦縞のパンタロンのズボンを履くようなものです。時代の気分というものは 消費社会を動かしてきた証拠のような気がします。

それでも よくよく見てみると ポップなものをこよなく愛す人たちには 大切な存在なのだと思います。普通の家具屋さんではもはや売っていませんから。昔の家具屋さんにいっぱい並んでいた時代、ポップ好きというこだわりがあるという人は どれくらいいたのでしょう・・・。実際には 黒電話を置いていたりして・・・ちぐはぐと思いつつも使われてきた・・・というのが本当のような気がします。

ディスプレーしていても本当に相性がいいものは 当時の飛び切りポップな感覚のものです。だから 正直 本当は難しい家具といえます。それでも ポップなものをこよなく愛す方にとっては これでなくては物足りないのではないでしょうか。大好きなポップで可愛いものを思いっきり引き立ててくれるに違いありません。

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シックな時間。

昔からやっているレストランとか喫茶店って 当然のことながら現代の店作りとは違っています。レンガ造りの建物に ツタの絡まる外観・・・椅子やテーブルも古いデザインで 懐かしく感じられる時間を過ごしたい人にとって 期待を裏切ることはありません。メニューも昔のまま・・・それがいいのです。

食事をしたり、お茶を飲むならどんな場所でも味わえます。でも、昔からやっているお店には そこにしかない時間があり、それを楽しむ人がいるというわけです。椅子のすわり心地や流れる音楽、懐かしい味・・・それもとても大事ですが 私がもっとも大事だと思うのは 少しほの暗いくらいの照明です。本が読めるくらいの明るさ。電球の色は暖かく、蛍光灯の青白さとは違います。隣の席との距離感も 少しほの暗いほうが落ち着きます。それに その雰囲気は会話のトーンを落とさせて・・・そんなお互いの気遣いも 空気の中に流れている感じがするのです。

こうこうと照らされた明るい店内は 健康的で 清潔感いっぱいです。健康志向の現代にはぴったりの作りです。でも、どう考えても自分には似合わず、座って食事をしている姿を想像することが出来ません。ほの暗い店内で なにやら怪しい読み物を読んでいるほうが生にあっています。できれば そういうお店を私はあえて選びます。

それに、ただ電球を使った照明というだけではなく 店内の調度品に合わせた素敵な照明器具を使っているお店が多いのです。最初にお店を作った時の妥協してはいけなかった一番の部分だったに違いありません。店主の好みか・・・内装デザイナーのお好みか・・・。素敵な時間を持ってもらうためにしつらえたものだったのです。

そんな歴史あるお店にあったような古い照明と久しぶりに出会いました。日常の暮らしの中でも 雰囲気を大事にするお部屋にはぴったりだと思います。少しシックなインテリアなら尚のこと・・・素敵な時間を演出してくれることでしょう。

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時がゆるりと。

今日は 日曜日。週に一度の出番の日。ディスプレーを少しだけ変えて、品物をあちこちに移動・・・そうしているうちに 段々に広範囲に移動することに・・・そんな作業もひと段落着いたころ。いつも大変お世話になっているお客様が ご来店に。お話していると さらに長いお付き合いのお客様も来てくださいました。

楽しいひと時はあっという間に過ぎて・・・お気に入りを見つけて頂き お帰りになる頃は もうお昼。簡単な食事をし、レイアウトを変えて 一休み。あれこれ調べ物をして、一通り終わる頃 すでに外は暗くなり始め・・・その間、お客様もなく、雪もちらつき始め まったりと・・・そろそろ閉店時間か・・・・・今日一日、すごく楽しかった後は、時がゆるりと 流れてゆきました。

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一番のお気に入り。

古いものとの出会いは 本当に突然で、よくぞ残っていてくれました!と感動を覚えることも少なくありません。

毎年印象深いものがあるのですが 今年はなんと言ってもこの陶器のフィギュア。可愛くて一目ぼれして購入しましたが 調べても調べてもその正体は不明・・・見れば見るほど謎めいた存在です。

細工が細かく、何色もの色が使われていて 流れ作業で大量に作られた感じがしません。当然、職人さんの手作業による着色で 筆運びの苦労が垣間見られます。一つ一つ手作業だとすれば 気の遠くなるような工程を経て、作られたのだと思います。

最初は ただ可愛いと思って手に取りましたが よくよく見てみると、昔の内藤ルネさんが描く好奇心旺盛な女の子の表情のようで・・・カメラを構えた人に、そんな女の子が自身たっぷりに ポーズをとる一瞬を捉えたようで・・・手の表情も 足の開き具合も その一瞬を立体化させた職人さんのすごさを感じることが出来るのです。ただの陶器のお人形という風には 私には思えないのです。

それに、描かれている場面も面白く、興味を惹かれます。雨が小降りになるタイミングを見計らい、森へと きのこ狩りに出かけます。片手に傘を もう一方にはバスケット一杯のきのこを持って・・・しかし、そのきのこは どう見ても毒性のありそうなきのこです。いったい何のために・・・正体はわかりませんが 私には 内藤ルネさんの内面を写し出したもの・・・という感覚を拭い去ることが出来ません。男性でありながら 同姓のことを好きになる・・・現代でこそ そういう感覚を理解できる環境が出来つつありますが、60年ほど前の日本は それを異常なことと考える風潮が一般的でした。

自分の内面を知り、葛藤する姿は ルネさん自身 たくさんの作品で表現されました。若い男の子をコレクションする魔女のお話だったり・・・どこか陰鬱な印象を受ける不思議なお話です。その作品を発表する以前の段階では おおっぴらに出来なかったその感情を 可愛い女の子の人形で 間接的に表現したかったのかも・・・と推察できるわけです。カメラの前でポーズした一瞬・・・と書きましたが 本当はきっと、誰にも言わず たった一人の思いつきで出かけ、その時の秘めた想いを俯瞰から見て 自分を写し出した像・・・それが正解のような気がします。

そんな大げさなことではないかもしれない。それに、ぜんぜん違う人の作ったものかもしれない。正直、そんなことはどうでもいいのだけれど そんな風に鑑賞できるこのお人形は 私にとって大切な宝物となったのです。

古いものには いつも感心させられます。そんなことを思わせてくれるものって、本当のアートだと思うのです。今年一番のお気に入りは 大切なコレクションの仲間入りとなりました。

追伸、お店はイベント中ではありますが 明日、15日(水)はお休みを頂きます。

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昔のものは情緒的。

久々に すごく面白いものと出会いました。「ディズニータイム」という目覚まし時計です。

丸い形のものはたまに目にしますが この形は初めて。ひどく汚れていたので 動くかな・・・と心配しましたが きれいにして整備したら コチコチと動き始めてくれました。手巻きのゼンマイ動力ですが まる二日たち、割と正確に時を刻んでくれています。ムーブメントはSEIKO製なので おもちゃ的な感じがしないのです。

目覚ましの機構に 少し難がありましたが 調整すると驚きのギミックを見ることが出来ました。

おそらく、色んなシリーズで売られたものだと思うのですが(調べましたがどこにも出てこない)、今回出会ったのは 「わんわん物語」のキャラクターが描かれたものです。レディーがいて子供たちがいて、ジョックがいて・・・おや、と気が付きます。トランプがいません。開きそうな扉があったので この中か?と思ったのですが 無理に開けるのは壊しかねないと考え、整備を進めました。何とか調整し、目覚ましをかけてみました。すると・・・ジリジリとけたたましくなるベルの音・・・この音なら すぐ目が覚めそう・・・で、しばらくすると・・・扉の中から まるでびっくり箱のようにトランプが飛び出してくるではないですか!これなら ねぼすけでも 飛び起きそうです。で、扉の横の窓には トラスティが嬉しそうな顔をして トランプを見ています。なんとも 微笑ましい景色です。

ただの目覚ましに こんな付加価値を付けてくれるなんて・・・さすがに 昔の日本のもの作りは 情緒的です。飾るだけでも・・・と思ったのですが 当時のままの動きが見られるのはとてもいいものです。素朴なイラストや 家の形も素敵です。ミッキーのオルゴールとディズニーまんがこけしの白雪姫と並べてみました。どこから見ても 昔のものは情緒的です。

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窓からの景色。

古いもの好きの方には ご理解いただけることと思うのですが、古いものには 自分が幼いころの風景や景色を感じることが出来ます。それに 自分が何を思っていたかとか 感情を呼び起こしてくれる感覚が得られるのです。

○○風インテリアとか そんなくくりでは語れないものです。普段から 懐かしいものに囲まれ そのえもいわれぬ自分だけの思いに浸ることが出来る・・・そんな暮らし方は 誰でも出来ることではなく、まさに自分自身だけの暮らし方。自分の生き方そのものなのです。だから、ぞんざいに出来ないし、広く深くしていきたいものなのです。○○風インテリアは いつまで好きで居られるのでしょう。流行や 誰かの影響でインテリアを決めることほど 無駄なことはありません。自分を一番知っている自分自身が 気持ちよく暮らせる環境は 誰にも出来っこないのです。自分で作っていくしかないわけです。好きなものと出会い、いろんな物に触れ、自分を知ること・・・それこそが 自分流の暮らしを作っていける 唯一の手段なのだと思うのです。

私には 幼いころの大切な記憶があります。遠足や運動会の朝、「どうか晴れていますように・・・」と願いながら カーテンを開けて、てるてる坊主の下がった窓から見た 今にも降り出しそうで、降らなさそうな 微妙な空模様を眺めたときの気持ち。お小遣いが無くて、店の窓から眺めただけのおもちゃやプラモデルのうずたかく積まれた景色・・・昔の窓ガラスから見た景色は ガラスがゆがんでいて 何やらゆらゆらとした景色でした。きっと、今の子供たちには 分からない景色なのだと思います。それが 裸電球でキラキラ輝いて・・・えもいわれぬ景色だったのです。

だから、こんな古い窓に何かを感じるのです。

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インテリアに取り入れるには 少し工夫が必要です。それでも お部屋に居ながら いつか眺めた景色に出会えそうで・・・どう取り入れようか・・・考えるのも楽しくなってくるのです。

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