思うこと

夢見る時間を。

良い読み物は 夢見る時間を与えてくれます。私は 温故知新・・・古きものを訪ね新しきを知るで、昔の読み物に感銘を受けることが多く 前回のお話でも触れた 中原淳一さんこそ 今の時代にいて 伝えて欲しいことがたくさんあると思っています。戦後の日本の少女たちに夢を与えてくれた 素敵なイラストと読み物なのです。

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良い読み物とは 暇つぶしにパラパラめくる雑誌や スクープばかりを追いかける雑誌の中にはありません。ファッション誌やインテリア雑誌の中にも見つけることは 難しいでしょう。なぜなら、読み手が頭の中で 考えて、夢見るような問いかけが無いからです。

「こうありたいものです。」と提案してくれたものに感銘し、その一つ一つがつながって 初めて見えてくるビジョン。想像や憧れは そこに至るプロセスが無ければ ただの妄想です。一つ一つ積み上げていくプロセスが無ければ、思い描くことも出来ないのです。先月はこれ!だったけど今月はこれ!と ぶつ切りの情報には 積み上げることの虚しさしか残りません。良い読み物を積み上げていきたいものだと思うのです。

雑誌「ひまわり」の中に “あなたの小さなお部屋にお客様をまねく”という文章があります。昭和24年発行の文章です。あなたは御自分の部屋をお持ちですか。という一文から始まる特集記事です。戦後数年で 疎開先から帰れない家族や 一家で手狭な暮らししか出来なかった人が多い中、もし・・・あなたのために三畳の部屋が与えられたと仮定して、どんな風にこの部屋を使ったらよいかを考えてみましょう。と問いかけたのです。そして、どこにでもありそうなタタミ敷きの三畳の部屋のままで、少女の生活と夢とを盛ってみようと考えてみたのです。と イラストで具体例を紹介しているのです。

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自分なら・・・・そんな風に考えるのは きっと、今も昔も同じだと思うのです。タタミ三畳分のスペースが与えられたと仮定して・・・あなたならいったいどうするでしょう。そんなスペースは無いと諦めますか。考えるのも面倒だから 触れずに置きますか。こうしてみたい!こうならいいのに!と夢見る時間は きっと楽しいことなのです。今も昔も。

良い読み物をたくさん見つけて、積み重ね 夢見る時間をいっぱい持って欲しいと思うのです。

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いつか、好きな自分に・・・。

自分のことは 自分にしかわからない。自分のことは 自分が一番知っている。という反面・・・自分のことを自分はどれくらい知っているのでしょう。

何故か 気分のいい日があったり、何故か 沈みがちだったり・・・答えのない 自己問答をする時があります。でも それを考えることは決して無駄なことではないと 私は思います。

若い頃は 自分を知ろうと 日々もがいていたように思います。人と話す時は どう伝えるべきか・・・理解してもらうには どうしたらいいか。どんな服を着て、どう見られたいか・・・。どんな映画が好きで、音楽が好みか・・・。何故 それらが好きなのか・・・。それが 本当の自分なのか・・・。そんな事探しをするだけで わくわくしたし、そのために行動していたといっても過言ではありませんでした。

「自分探しをして見ませんか?」そんな問いかけも 今の時代は どこか虚しく聞こえます。日々、スマホをいじっていれば 時は過ぎ、その中に ちょっと面白いものが見つかるだけで 満たされていく(偏見かもしれません。)・・・。うずたかく積まれた中から選んで、これでいいか・・・と思える洋服をかごに入れて レジに並ぶ。手頃で着易いというだけで 消費されていくだけのもの。そこに 自分らしさは必要ありません。みんなが認めるものだから 自分もそこにいる安心感・・・。そう思えてしまうのは うがった見方かもしれません。でも、あまりにも時代が変わってしまったと感じるもので・・・。

時代を映す雑誌も 流行を追い、基本的なことは教えてくれません。流行を真似すれば 今はいいけど その後は・・・という問いに答えてはくれません。ある意味、過去の自分を否定していくわけです。そんな中で 自分らしさを見つけるということの無意味さを どこかで悟るのです。それでいいと みんなが認めているのです。

私は そうは思わないんです。流行の服を着て、流行のメイクをすることより 自分が自分らしくいられるようなものに身を包み、はつらつとした表情が出来るようなメイクをすることのほうが 大事だと思うのです。いろんなことは 自分を知ることから始まるのです。容姿は関係ありません。あくまでも 自分らしくあることです。探し続けることで 心は抑揚を続けます。でも、きっとその先には いつか好きな自分になれる道があると思うのです。

昔のドレッサーは素敵です。ロマンチックなその見た目も、大きな全身が写る いい鏡も、自分をそのまま写し出し 今日の日を素敵に過ごせるように送り出してくれる気がするからです。
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追伸

変則ですが 今月のお休みは 4月4日(火)とさせていただきます。ご了承くださいませ。

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重いけど大切な話。

温故知新・・・古きを訪ね 新しきを知る という言葉です。ほんとにそうだな~と心から思います。

でも、古いものばかりに気を取られ、新しいものを排除する・・・などと考えてはいません。ただ、私も 決して若くはなく 人生の半分を過ぎ、様々な経験をしてきた中で 生きることをどう考えるべきか・・・答えのない 旅を続けている最中にあります。一人の人として、何をし、何を伝え、何を残すことができるのか・・・その答えを探し求める中で、過去の尊敬するべき人の言葉や 残したものから 心に響くものを受け取ることが多く、本当に学ぶべきものは 本物を追求し続けてきた 先人の生き方の中にあると思うのです。

いい年をして 惑い、まだまだ いたらぬ自分は若輩だと思い知る。だから 知りたいと願い、探し続けるしかありません。もしも、生きる答えが見つけられるとしたら・・・そんなに素晴らしいことはない・・・と思います。誰しもに その答えは必ずあります。見つける努力をした人には 必ず見つかります。自分が生まれた理由が これだったのかとわかった時、それを知ることになる気がするのです。

お店には 古い家具を置いています。今まで よくぞ残っててくれました!と言えるような それは古い古い家具たちです。

什器替わりに使っているので、興味のない人には 目に入ることはありません。いいものなのに・・・と思っていても、嗜好は人それぞれ・・・興味のない人に おすすめする気はありません。でもね、そういうものと暮らすことで 「どんなものが見えてくるのか・・・」ってことには 興味を持って欲しいという気持ちはあります。

つまり、「可愛くて、珍しくて、いい家具なのでおすすめです。」ではないのです。こういう家具のある暮らしに身を置いた時に 感じること、思うこと、話すこと、行うこと、学ぶこと・・・様々なことに及ぶ気持ちが 一人ひとり違いはあっても 普通では見つけられないものを感じてもらえると思っているが故に、知ってほしいのです。

明日は どんな日になるだろう・・・そんな身近なことに気をもむ毎日だけど こういう古いものと関わる環境は 心の深いところに 目を向けるきっかけとなっているのです。

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この場をお借りして、9周年感謝祭プレゼント抽選会の当選者を発表いたします。

江別市大麻 Nさま 会員番号186

札幌市白石区 Hさま 会員番号463

江別市 Nさま 会員番号489  以上3名の皆様です。当選おめでとうございます!

当選された方には ハガキでお知らせいたします。どうぞお楽しみに!!

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音楽が聞こえる。

前回のお話で 言葉はインテリアの一部・・・みたいなことを書きましたが 音楽もとても大切な要素だと 私は思っています。

流行歌や応援している歌手の歌を 聞くことが多いかもしれませんが、人には ある場面で ふと、聴こえてくる 心に残る歌が 必ずあるはずです。

そういう歌や、物語や詩や、映画やお芝居・・・そういう物って 極、私的なものです。それが 身の回りの暮らしの中で 感じられたら・・・きっと おそらく、出会うかもしれない ものを見つめる気持ちが 変わると思うのです。インテリアを ただの暮らしの道具とは考えず、雑貨を選ぶ時にも 自分の暮らしを愛おしく、これからのことを思い描きながら作り上げていく喜び・・・そういう楽しさを得ることができると思うのです。

だから、暮らしと 自分の中にある感性は 切っても切れない仲なのです。もし、その感性が希薄だったり、揺れ動くものだとしたら・・・まずは それを探すことです。どんな人にも 必ず見つけられるはずのものです。時に、見つからず軽く悩んでみたりもしますが、苦労して見つけられたものは 何にも替えがたく、生きる喜びを与えてくれるものになると 私は思います。それは 今すぐ・・・ではなくて、長い年月をかけて見つけるものだと思うのです。

私自身も この先、どう変わるかわからないけれど、こころの歌がある限り それを忘れることはないでしょう。切り替えるのではなく、重ねて行くだけです。

店を眺めていて、どこからともなく 好きな歌が聞こえてきました。

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学生の頃、深夜のラジオで 「コッキーポップ」という番組がありました。大石吾朗さんの優しい語りに耳を傾けていると 聞こえてきたのが 八神純子さんの「さよならの言葉」という歌でした。別れた彼のことを想い書かれた詩と 切ないメロディーが恋に恋していたときのことを思い起こさせてくれるのです。

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そして、大好きな映画 黒澤明監督の「生きる」の中で、主人公の年配のおじさんが ブランコに揺られながら口ずさむ歌・・・「いのち短し 恋せよ乙女・・・」で始まる 「ゴンドラの唄」。乙女でいられる時間は短いから その時を真剣に生きなさい・・・というような内容だと受け取っています。その映画を象徴する歌だけど、自分に置き換えることも 出来る訳で・・・大切な映画です。

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で、お揃いの椅子と 型違いの黄色のマグを置いた場面では・・・来生たかおさんの「おだやかな構図」という歌です。お姉さんである来生えつこさんが詩を書き、弟である来生たかおさんがメロディーをつけた一曲。何気ない日常の場面の中で お互いを思いやる2人の姿が 浮かんでくる 大好きな歌です。こんな歌、ほかにはありません。

音楽のある暮らし・・・をしている方はたくさんいるでしょう。でも、音楽が感じられる暮らしは なかなかできるものではありません。それは ただ流れている音楽と、聞きたくて聞く音楽の違いと同じです。私は 音楽が聞こえてくるような暮らしがしたいと 思うのです。

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秋の夜長・・・ドラマとか映画が夜の楽しみです。

先日、なにげに見始めた聞いたこともないタイトルの映画・・・半信半疑で見始めたものの 面白くて どんどん引き込まれていきました。最後まで見終わって 家族みんなが「面白かった。」といいました。希なことです。しかも 話題すら聞いたことのない映画で・・・

そして 数日が経ち・・・かみさんが 図書館へと出かけて行き 借りてきた本は その映画の原作者が書いたものでした。やはり そのどれもが面白かったようで・・・ある朝、突然こんなことを言い始めました。

「今こうして お店をやっていられるのも 不思議なことだよね。」って・・・私の祖父が 本州から北海道に来ていなければ・・・・かみさんも北海道に来ていなければ・・・私に出会って、お店をやろうと言い始めていなければ・・・今 こうしていることも無かったはず・・・お店をやっていることで たくさんの人に出会い、少なからず その方の暮らしの一部に 何かしらの影響を与えていることで 役に立っているとしたら・・・そこに 生きる価値があるのかもしれない・・・というような話だったと思います。

普段、私から話すことはあっても かみさんからそんなふうな話を切り出されることも希なので、借りてきた本を読むことで 感じたことがあったんだろうな・・・と思いました。

滅多にする話じゃないけど そんな話を聞けて 私は安心しました。そう思えることは 案外、これから起こりうる 全ての事に 同じ気持ちで向かうことができると 感じたからです。この先の 二人の人生に 大切な道標となりそうです。

そんな気持ちを聞かせてくれたのも 素敵な本と出会えたから・・・今こうして、一緒に暮らしていられるから・・・思うこと、感じたことを共有できるから。

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ため息。

「ため息をつくと幸せが一つ逃げてしまうよ。」と言われます。ため息は 付いちゃいけないような言い回しです。

でも 確かに、うまくいっていない時や 落ち込むようなことがあった時のため息は 良くないような気がします。

人は生きていれば そりゃ いいことばかりあるなんてことは ありません。むしろ 毎日がため息の連続・・・その中で ちょっとしたいいことがある・・・そんな繰り返しで 人生は出来ているような気がします。

でも、ため息って悪いことばかりじゃありません。恋をすれば ため息の一つや二つ当たり前に 付いてしまいます。うまくいっていない時だから・・・そうとも言い切れません。相手を思い 付くため息には 無意識のうちにこもる思いがありますから。

以前にも ご紹介したことがあると思うのですが、札幌の芸術の森にある 有島武郎の家が私は大好きです。古い洋館で 縁側に通じる子供部屋があり、メインの座敷は広く、でも 土間のある台所も階段も2階の応接間も どことなく洋風で・・・2階の小さな窓から覗く 玄関前の小道の景色も素敵で・・・・こんな家に住みたい・・・という思いがいっぱいになり、そっと あぐらを組んで目を閉じては 深いため息をつくのです。

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ため息というのは 本当の心を表す仕草のようなものかもしれません。何も 思いがなければ付くようなこともないからです。心で思うことが 仕草として現れるなんて 私には そう悪いものとは思えないのです。

でも、日々暮らしていれば 「今夜は何を食べよう・・・」と考えながら 付くようなため息は よくあります。そういうのとは別として、恋をしたり、本当の心の底から出てくるような ため息を付くことは そうそうないと思います。特別なことのような気がしますから・・・。わざわざ出かける有島武郎の家もそうであるように いいため息を付くには 心の内をさらけ出せる 時間や場所が必要なのです。

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自分の思いを見つめながら ため息を付ける時間を持つことは そんなに悪くはないと思うのです。そんな場所 あなたにもあるといいですね。

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海へ。

うちのお店 定休日がありません。まるでコンビニのようですが 理由あってのことでそう決めたのです。

雑貨店は 因果な商売で、誰もが必要とするものではありません。均一ショップがあれば 今の時代 大抵のものは手軽に買えてしまうので それで問題なしとする人が大半を占めています。均一ショップが閉まっていて 困る人は大勢いても 小さな雑貨店が定休日で閉まっていても 困る人は皆無に近いでしょう。

それでも定休日を設けない理由は 勿論 日々の売り上げが大事ということはあります。でも、本当に大切にしたいのは 求めてくれるお客様にとって いつも変わらず、ふと思い立った時に来ていただいても 何かを感じ、大切な何かを見つけることのできる場所でありたいと思うからです。大切な 思いのある時間は どこにでも転がっているものではないと思うのです。

年をとってまだ続けていられれば 体もきつくなり、今のような営業は続けられなくなりそうですが 今できることは 自分で思い描く暮らしは 自分が大切にしている時間を使って 自分で積み上げていくものだと感じていただくこと・・・そのヒントは 好きな音楽や映画や本や服や食や仕事や遊びや喜びや悲しみや暮らしの中に 見出すことができること・・・そんなことを考えながら 日々 開け続ける店でありたいと思うことです。

そんな偏屈な考えの持ち主についてきてくれるかみさんには 感謝の気持ちしかありません。お休みが無いから 何処へも連れて行ってあげることも出来ません。(ごめんね。)ある意味、私自身も同じです。好きな海にも なかなか行けません。でも、行ったら行ったで大変なこともわかっています。駐車場に入るまでが一苦労だし、海辺は人で混雑しているし・・・なかなか行けないから 思い描く本当に行きたい海を 心の中に広げます。

穏やかな波が行ったり来たりする 人影もまばらな静かな砂浜。腰を下ろして何も考えず 波の音に耳を傾けて・・・そんな景色を見せてくれるのも こういうものがあればこそ。いつか行こうね。そんな海へ。

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お洒落な人。

皆さんお洒落って意識されてますか?では、あなたのお洒落ってどういうものでしょう。

洋服に気を使うっていうのが常識的には お洒落っていうのかもしれません。一言で 言い表せないのがお洒落ではあります。

高級品に身を包むとお洒落してるって気にはなります。話題のものに身を包むのがお洒落って考え方もあります。こういう時代ですから 人がたくさんいるお店で買えればいいと考える人も少なくはないと思います。

興味はあるのだけど 深く突っ込まずにいられる事。それが 今のお洒落のような気がします。考え出すと 答えのない堂々巡りになりますから 思い悩むだけ時間の無駄・・・そう考える人も多いような気がするのです。

いいものを着ていても お洒落だとは限らない。さりげないものを着ていてもお洒落と思える人がいる。案外そういうものだと思います。

もしも一言で表すとしたなら・・・「自分自身が自然体でいられる事。」のような気がします。でも、それこそが 大変なことだと思うのです。自然体とは 見てくれの問題では無いのです。何を着るかは 二の次のお話です。むしろ、その人となりが 持っている佇まいみたいなものだから 問題だし、考えることはたいへんなことなのです。

もしかして、その大半は その人の考え方や生き方に通じるものなのかもしれません。暮らし方は その人を知らぬ間に形作っていきます。見てくれでは 隠せないものだったりします。その人の 言葉や態度、ものの考え方に触れたとき 着ているものも含め その人が持つ佇まいに、お洒落を感じるのです。

毎日の暮らしは大変です。そんなことを考えるいとまもありません。でも、洋服を買いに出かけるとき大切なのは 雑誌で流行をチェックすることより大切なことのような気がするのです。

ファストファッション全盛の時代。むしろ お洒落という言葉は置いてきぼりになっている気がします。それでも どんな時代になっても 表面的には気になることには 違いありません。少なくとも私には 一生をかけて自然体で取り組むべきことのような気がしています。

例えば・・・・・・招かれて お宅にお邪魔するとします。

飲みものを用意してくださいました。「普段から作ってるから。」と言いつつも 冷たい紅茶と手作りジュースがテーブルに・・・「どっちにする?」ともてなしてくれた人が 洗いざらしのマドラスチェックの開襟シャツを着ているだけで・・・・・・「素敵な人だ。」と感じることでしょう。頑張ってる感じがせず、自然に振る舞えるのも 普段の暮らしが形作るものだからかもしれません。

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こだわりの先に。

こだわることって すごく大切なことだと私は思っています。

「好きだと言えるものを持っている自分になる。」

誰しもが 好きなものくらいあるに決まってる!と言うでしょう。あそこのケーキは甘さ控えめにも関わらず 濃厚な味わいで最高!・・・・そういう好きなものであれば 誰でもあるに決まっています。だけど、ここでいう「好きだと言えるもの。」には “こだわり”がなければ・・・というお話です。

受験進学シーズンなので 勉強する学生に例えると・・・何故 人は勉強するんでしょう。少しでもいい学校に入るため。将来 いい仕事について、人生を謳歌するため。いろんな理由があります。寝る間も惜しんで 眠い目をこすりながら、勉強に励む。どうして そんなに辛いことができるのでしょう。勉強が嫌いだった私が言えることじゃないかもしれませんが 勉学に勤しむ学生は きっと勉強が好きなのです。色んなことに興味が有り、知識を深めたいという思いが、他人から見れば 辛そうに見えることに向かっていく力として湧き出てきて、辛いという感覚よりも 楽しいという思いに突き動かされるのだと思うのです。

確かに “知る”ということは どんな年齢になっても必要だし、また 楽しいものです。この欲求は あらゆる人の人生において 忘れてはならない大切なことだと思います。

ただ、何に興味を持っているのかわからないという、勉強以前の事からスタートするとすれば、それを見つける努力をすることです。それをしないのは 実にもったいないことだと 私は思うのです。

何かのきっかけを見過ごすことのないように、自分と向き合うことで それが必ず見つかるはず・・・とそう思うのです。

人が生きるためには “衣・食・住”が必要です。裸で過ごす人はいませんから 着るものは大事です。食べずには生きられませんから 料理はできないと。暮らせる場所がなければ 明日を生きることは難しいので 雨風をしのげる環境は欠かせません。でも、最低限必要なものがあれば それで良し。と言い切れないのが この世の常です。

いいものを着て、うまいものを食べ、いいところに住みたい。人の欲求というのは そういうものです。でも、こういうことは 考えなくても 経済的に豊かであれば 誰にでもできることです。こだわりがなくても できてしまうことなのです。

そんな状況で こだわりを持って 「好きだと思えるものを持っている自分」になれれば・・・もしかしたら それが 漠然と感じている 「素敵な生き方をしたい」という気持ちを具体的に実践できる入口なのかもしれないと思うのです。

生涯をかけて 好きな分野の研究を続けたいと願う学生さんが ただ漠然と そう思っているだけでは 到底 いつまでたっても 目指す研究者になれないように、目指すからには 勉強し行動し、思い続ける強い気持ちが大切です。でもそれは 決して辛く面倒なことではありません。

勉強しなくなって久しい この私にも 生きていく上では 全く同じ事が言えると思っています。何事にも 興味を持ち、好きだと思えるものについて徹底的に調べて 自分のものにしていく・・・好きなものを知るのに 辛さや面倒くささは全く感じません。知らなくても生きていけるけど 知ることで この先の生き方に光を当ててくれる・・・私は そう思っているのです。

大型家具店を覗けば 人が暮らしていくのに必要なものばかりが 大量に置かれています。どの家具を選ぶのも自由です。家がモダンな造りだから モダンな家具を選びます。でも、自分らしいのか・・・と考える人は あまりいないような気がします。暮らすのに必要だから買わないと・・・そう考える人が多いのではないでしょうか。

モダンな感覚が好きだから モダンな部屋を選び、モダンな家具を揃える。余分なものを捨てることを考えるよりも 理にかなった考え方だと思います。そんな暮らしに似合う服はどんな服?食事をとる食器は モダンでなくて大丈夫かなぁ?

そんなことは 個人の自由です。誰に見せるものでもありませんから。自分が良ければそれでいいのです。

でも、こだわりを持ちながら 「好きだと言えるものを持っている自分になる。」ことを念頭に いろんなことに興味を持ち学び始めれば この上ない楽しみや喜びを見出すことに つながっていきます。実に魅力的だと思うのです。

好きなものはどんなものですか?それをずっと好きでいられますか?そう聞かれれば 「勿論!」と言える自分でいたいと思うのです。

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自分で選ぶ。

ある日、電話が鳴りました。最近の電話の用事と来たら 大抵はなにかの勧誘なので 身構えて出ることが多いのですが、やはり その時も 勧誘の電話でした。「テレビにインターネットを繋げるだけで チャンネルがドーンと増えるんです。」というのです。「映画も見放題!サッカーも見放題!キャンペーン中につきお安くなるんです!」といいことずくめ。

そりゃあ、ユーロの予選やチャンピオンズリーグ、プレミアリーグにブンデスリーガ・・・観たい放送は山ほどあります。それが見放題なんですから なんて魅力的なんでしょう。夢のような時代がやってきているんですよね。白黒テレビを見て育った私には とんでもない進歩だと思います。

でも、こちらから頼んだわけでもないのに 電話がかかってきて どうですか?なんてのは どんなに魅力的な話でも、「ちょっと順番がちがいませんか?」と私は常々思います。相手にしたら仕事だから仕方がないんでしょうけど、妙に機械的でマニュアル的で・・・正直うんざりしてきます。そういう世の中だと 思うしかないんでしょうけど・・・。

テレビをつければ スマホで簡単に買える通販サイトのコマーシャルがバンバン流れます。あれもこれも簡単に買えて便利そう・・・とは 私は全然思いません。たくさんあるとはいっても限られた範囲のことです。選ばされる感覚になるのは 私だけなんでしょうか・・・。

屁理屈をこね返せば まだまだ不思議なことがたくさんあります。でも、もしこういうことが誰にも不思議がられず 世の中のスタンダード、つまり当たり前になって行ったら・・・私はおかしなことだと思うのです。

チャンネルがドーンと増えた番組は 見たくてみてるものじゃなくなり、見せられているものになる。面白ければ いいというものじゃない。スマホの画面にうつる小さな写真でものを選ぶのも 自分で選んでいるようで、実は 選ばされているという感覚。着心地や使い心地は?肌触りや触れた時の感覚は 必要ないんでしょうか。

そう言ってしまえば、私自身が商っていることも、「世の中すべてが同じようなもんでしょ。」と言われても仕方のないことなのもしれません。ただ・・・手軽で便利を求めすぎると 大事にしておかなきゃならないことを見失わなければいいけど・・・と思うのです。

電話をくれた相手のお嬢さんも 仕事柄 極めて機械的でマニュアル的でした。でも私はこう答えました。「せっかくの魅力的なお話ですけど、お断りします。だって、そんなにチャンネルが増えたら 人間がダメになる。見たいものは 自分で選びます。」と言ったら、それまで機械的だったのが、コロコロと笑い始めたのです。短い間の会話でしたけど そういうユーモアも 実は業界の裏側でささやかれていることも その一言で理解してくれたのだと思い、いい人なんだろうな・・・という印象を持ちながら 電話を切ることができました。

「自分でコントロールできれば何の問題もないでしょう?そういう時代なんですよ。」そんな声が聞こえてきそうですけど、私は これからも 目で見て、触れて、足を運んで 自分の探し求めるものを自分で選びたいと思うのです。

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独りよがりのつまらない話は さて置き。お店の中から 私がいま気になるものをご紹介します。写真には 何度か写しているものもありますが 一つ一つご紹介します。東芝製の電気スタンドは 工業的なデザインをクリーム色の中間色が柔らかい印象にしてくれています。ナショナルの電気ポットもグッドなデザイン。コンセントの抜き差しが必要なので めんどくさいところが玉にキズ。コーニングのキャセロールも取っ手がモダンデザイン。レンジ・オーブン・直火対応です。急須は 東洋陶器(トイレで有名なTOTO製。詳しくはTOTOのホームページをご覧下さい。)淡い水色が時代を反映しています。オールドデュラレックスのコーヒーカップは なんてことないところが良いわけです。MG5の灰皿は こ存じ、男性化粧品の老舗ブランド。資生堂のロゴが誇らしげです。

自分で選ぶものには それぞれ思い入れがあります。そんな風に 選択する方が私は楽しいと思うんです。

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