思うこと

時代。

来年、新しい天皇が即位され 新しい年号に変わります。私も もし生きていれば 昭和・平成・新年号と 3つの時代を生きることになるわけです。年を実感しますね。

私が多感な頃を過ごした昭和という時代・・・とても良かったな~という実感があります。古い不便な暮らしから、新しく 便利なものがたくさん生み出され その暮らしぶりの変化は 夢見る気持ちに匹敵するほど 劇的なものだった気がします。国民みんなが 明日を夢見て頑張る気持ちにあふれていた気がするのです。

ある意味、暮らしに不自由さを感じなくなって久しい平成の時代は 夢見る気持ちを自分で探さなければならなくなり、内面を育て 成熟しなければ夢を見られない時代になったのではないかという気がしています。ものの豊かさに満たされた後は 人の内面の成熟に 向かうべき。ということだったのかもしれません。そう思うのです。

でも、そんな時代を生きてきて 夢を見てこれたのは 昭和の時代のものと触れ合い、いろんなことを感じられたおかげだと思います。素敵な暮らしをしてみたいという 作り手と受け手の相乗効果が 景気を動かし、もっと便利に素敵にという 人の心が生み出したものたち・・・そこには たくさんの夢が込められていたと思うのです。

安くて、見栄えが悪くなければよし。という相互関係では 人の心は動きません。それが当たり前という考えにどっぷりつかってしまっては 日々は ただ流れていくばかりなのです。そんな時代は いい時代とは言いにくいと私は思います。

個人の好みに訴えかけて作られたものが溢れていた昭和という時代。きっと ものだけの豊かさではなく 人の感情の豊かさをも 育ててくれたのだと思います。来るべき新しい時代が そんな空気に満ち溢れることを心から期待したいと思います。

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家族、それぞれ。

昨年、大学に入った娘は 無事 進級できるとのことで 今は 長い休みをエンジョイ中。でも、ほとんど家にいることもなく 毎日どこかへ出かけ、バイトにいそしむ毎日を送っています。サークル活動に盛んに参加し、いろんな人に出会い 様々な意見に触れ、色んな経験をつんでいるようです。親としては 勉強はしなくていいのだろうか・・・とふと考えたり・・・。今までの学生生活との違いに 戸惑う気持ちも無くはないこのごろです。

いろんな人との出会いは 彼女の人格形成にとって大切なことです。周りの環境が彼女の本質に影響を与え、肉付けされて 自分の考え方を持った大人へと成長させてくれるものと思います。今は 人生においてそういう時期・・・好きなことに没頭させてあげることが 大切なんだろうと思うようにしています。が・・・

自分の意見を持つことは 大事!と思いながらも、この方がいいんじゃないかという親の意見をよそに 我を通すような方向へ向かう様を 決して喜ばしく思えない自分もいるのです。親と子という立場の違いや 年齢(経験)の違いから ささいな衝突(自分が思っているだけかもしれない)が 起こってしまうことを私自身 若干の戸惑いと感じているのです。

でも、親の言うことが絶対正しいなんてことはありません。それに 聞く耳も持たず、相手にされないというもどかしさがあるというわけでもありません。ちゃんと話し合い 納得できる結論に向かうようにしています。

でも、この戸惑いは 何なんだろう・・・。

世の中には 煮え切らないことが山のように存在します。国同士の中にも、政治の中にも、ましてや 最小の組織、家族の中にも それは日々あるのです。違う考えを持った人が集まるだけで それは生まれます。どこかで それぞれが折り合いをつけて 何事も無いかのように日々が重なっていくのです。なぜ、話し合うのに煮え切らないのだろう・・・。

思うに、そこに “同意”というものがあれば おそらくは ほとんどの場合、すっきりとするのではないでしょうか。でも、ほかの意見に同意するって 案外難しいものです。何も考えが無いのであれば簡単です。違う意見がある場合ってのが 難しいのです。

意見が違うからといって それは違うといってしまうだけで 相手を否定することになる。お互いに そう慮るからこそ 本当の意味での同意を得ることが出来るわけです。たとえ 思った方向に行かなくても 同意が得られれば、同意をすれば すっきりするわけです。きっと 難しいことじゃなくて 「そうだね。」と飲み込んでくれて、その後に 「でもね。」って
やり取りがあるだけで すっきりとするはずだと思うのです。

たとえ家族だって それぞれ考え方が違うのは当たり前、むしろそうでなきゃ困る。でも、肝心なところでは お互いに 「そうだね。」って 言い合えるのがいいのだろうと思うのです。すごく難しいのですけれどね。

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夢見る時間を。

良い読み物は 夢見る時間を与えてくれます。私は 温故知新・・・古きものを訪ね新しきを知るで、昔の読み物に感銘を受けることが多く 前回のお話でも触れた 中原淳一さんこそ 今の時代にいて 伝えて欲しいことがたくさんあると思っています。戦後の日本の少女たちに夢を与えてくれた 素敵なイラストと読み物なのです。

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良い読み物とは 暇つぶしにパラパラめくる雑誌や スクープばかりを追いかける雑誌の中にはありません。ファッション誌やインテリア雑誌の中にも見つけることは 難しいでしょう。なぜなら、読み手が頭の中で 考えて、夢見るような問いかけが無いからです。

「こうありたいものです。」と提案してくれたものに感銘し、その一つ一つがつながって 初めて見えてくるビジョン。想像や憧れは そこに至るプロセスが無ければ ただの妄想です。一つ一つ積み上げていくプロセスが無ければ、思い描くことも出来ないのです。先月はこれ!だったけど今月はこれ!と ぶつ切りの情報には 積み上げることの虚しさしか残りません。良い読み物を積み上げていきたいものだと思うのです。

雑誌「ひまわり」の中に “あなたの小さなお部屋にお客様をまねく”という文章があります。昭和24年発行の文章です。あなたは御自分の部屋をお持ちですか。という一文から始まる特集記事です。戦後数年で 疎開先から帰れない家族や 一家で手狭な暮らししか出来なかった人が多い中、もし・・・あなたのために三畳の部屋が与えられたと仮定して、どんな風にこの部屋を使ったらよいかを考えてみましょう。と問いかけたのです。そして、どこにでもありそうなタタミ敷きの三畳の部屋のままで、少女の生活と夢とを盛ってみようと考えてみたのです。と イラストで具体例を紹介しているのです。

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自分なら・・・・そんな風に考えるのは きっと、今も昔も同じだと思うのです。タタミ三畳分のスペースが与えられたと仮定して・・・あなたならいったいどうするでしょう。そんなスペースは無いと諦めますか。考えるのも面倒だから 触れずに置きますか。こうしてみたい!こうならいいのに!と夢見る時間は きっと楽しいことなのです。今も昔も。

良い読み物をたくさん見つけて、積み重ね 夢見る時間をいっぱい持って欲しいと思うのです。

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いつか、好きな自分に・・・。

自分のことは 自分にしかわからない。自分のことは 自分が一番知っている。という反面・・・自分のことを自分はどれくらい知っているのでしょう。

何故か 気分のいい日があったり、何故か 沈みがちだったり・・・答えのない 自己問答をする時があります。でも それを考えることは決して無駄なことではないと 私は思います。

若い頃は 自分を知ろうと 日々もがいていたように思います。人と話す時は どう伝えるべきか・・・理解してもらうには どうしたらいいか。どんな服を着て、どう見られたいか・・・。どんな映画が好きで、音楽が好みか・・・。何故 それらが好きなのか・・・。それが 本当の自分なのか・・・。そんな事探しをするだけで わくわくしたし、そのために行動していたといっても過言ではありませんでした。

「自分探しをして見ませんか?」そんな問いかけも 今の時代は どこか虚しく聞こえます。日々、スマホをいじっていれば 時は過ぎ、その中に ちょっと面白いものが見つかるだけで 満たされていく(偏見かもしれません。)・・・。うずたかく積まれた中から選んで、これでいいか・・・と思える洋服をかごに入れて レジに並ぶ。手頃で着易いというだけで 消費されていくだけのもの。そこに 自分らしさは必要ありません。みんなが認めるものだから 自分もそこにいる安心感・・・。そう思えてしまうのは うがった見方かもしれません。でも、あまりにも時代が変わってしまったと感じるもので・・・。

時代を映す雑誌も 流行を追い、基本的なことは教えてくれません。流行を真似すれば 今はいいけど その後は・・・という問いに答えてはくれません。ある意味、過去の自分を否定していくわけです。そんな中で 自分らしさを見つけるということの無意味さを どこかで悟るのです。それでいいと みんなが認めているのです。

私は そうは思わないんです。流行の服を着て、流行のメイクをすることより 自分が自分らしくいられるようなものに身を包み、はつらつとした表情が出来るようなメイクをすることのほうが 大事だと思うのです。いろんなことは 自分を知ることから始まるのです。容姿は関係ありません。あくまでも 自分らしくあることです。探し続けることで 心は抑揚を続けます。でも、きっとその先には いつか好きな自分になれる道があると思うのです。

昔のドレッサーは素敵です。ロマンチックなその見た目も、大きな全身が写る いい鏡も、自分をそのまま写し出し 今日の日を素敵に過ごせるように送り出してくれる気がするからです。
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追伸

変則ですが 今月のお休みは 4月4日(火)とさせていただきます。ご了承くださいませ。

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重いけど大切な話。

温故知新・・・古きを訪ね 新しきを知る という言葉です。ほんとにそうだな~と心から思います。

でも、古いものばかりに気を取られ、新しいものを排除する・・・などと考えてはいません。ただ、私も 決して若くはなく 人生の半分を過ぎ、様々な経験をしてきた中で 生きることをどう考えるべきか・・・答えのない 旅を続けている最中にあります。一人の人として、何をし、何を伝え、何を残すことができるのか・・・その答えを探し求める中で、過去の尊敬するべき人の言葉や 残したものから 心に響くものを受け取ることが多く、本当に学ぶべきものは 本物を追求し続けてきた 先人の生き方の中にあると思うのです。

いい年をして 惑い、まだまだ いたらぬ自分は若輩だと思い知る。だから 知りたいと願い、探し続けるしかありません。もしも、生きる答えが見つけられるとしたら・・・そんなに素晴らしいことはない・・・と思います。誰しもに その答えは必ずあります。見つける努力をした人には 必ず見つかります。自分が生まれた理由が これだったのかとわかった時、それを知ることになる気がするのです。

お店には 古い家具を置いています。今まで よくぞ残っててくれました!と言えるような それは古い古い家具たちです。

什器替わりに使っているので、興味のない人には 目に入ることはありません。いいものなのに・・・と思っていても、嗜好は人それぞれ・・・興味のない人に おすすめする気はありません。でもね、そういうものと暮らすことで 「どんなものが見えてくるのか・・・」ってことには 興味を持って欲しいという気持ちはあります。

つまり、「可愛くて、珍しくて、いい家具なのでおすすめです。」ではないのです。こういう家具のある暮らしに身を置いた時に 感じること、思うこと、話すこと、行うこと、学ぶこと・・・様々なことに及ぶ気持ちが 一人ひとり違いはあっても 普通では見つけられないものを感じてもらえると思っているが故に、知ってほしいのです。

明日は どんな日になるだろう・・・そんな身近なことに気をもむ毎日だけど こういう古いものと関わる環境は 心の深いところに 目を向けるきっかけとなっているのです。

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この場をお借りして、9周年感謝祭プレゼント抽選会の当選者を発表いたします。

江別市大麻 Nさま 会員番号186

札幌市白石区 Hさま 会員番号463

江別市 Nさま 会員番号489  以上3名の皆様です。当選おめでとうございます!

当選された方には ハガキでお知らせいたします。どうぞお楽しみに!!

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音楽が聞こえる。

前回のお話で 言葉はインテリアの一部・・・みたいなことを書きましたが 音楽もとても大切な要素だと 私は思っています。

流行歌や応援している歌手の歌を 聞くことが多いかもしれませんが、人には ある場面で ふと、聴こえてくる 心に残る歌が 必ずあるはずです。

そういう歌や、物語や詩や、映画やお芝居・・・そういう物って 極、私的なものです。それが 身の回りの暮らしの中で 感じられたら・・・きっと おそらく、出会うかもしれない ものを見つめる気持ちが 変わると思うのです。インテリアを ただの暮らしの道具とは考えず、雑貨を選ぶ時にも 自分の暮らしを愛おしく、これからのことを思い描きながら作り上げていく喜び・・・そういう楽しさを得ることができると思うのです。

だから、暮らしと 自分の中にある感性は 切っても切れない仲なのです。もし、その感性が希薄だったり、揺れ動くものだとしたら・・・まずは それを探すことです。どんな人にも 必ず見つけられるはずのものです。時に、見つからず軽く悩んでみたりもしますが、苦労して見つけられたものは 何にも替えがたく、生きる喜びを与えてくれるものになると 私は思います。それは 今すぐ・・・ではなくて、長い年月をかけて見つけるものだと思うのです。

私自身も この先、どう変わるかわからないけれど、こころの歌がある限り それを忘れることはないでしょう。切り替えるのではなく、重ねて行くだけです。

店を眺めていて、どこからともなく 好きな歌が聞こえてきました。

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学生の頃、深夜のラジオで 「コッキーポップ」という番組がありました。大石吾朗さんの優しい語りに耳を傾けていると 聞こえてきたのが 八神純子さんの「さよならの言葉」という歌でした。別れた彼のことを想い書かれた詩と 切ないメロディーが恋に恋していたときのことを思い起こさせてくれるのです。

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そして、大好きな映画 黒澤明監督の「生きる」の中で、主人公の年配のおじさんが ブランコに揺られながら口ずさむ歌・・・「いのち短し 恋せよ乙女・・・」で始まる 「ゴンドラの唄」。乙女でいられる時間は短いから その時を真剣に生きなさい・・・というような内容だと受け取っています。その映画を象徴する歌だけど、自分に置き換えることも 出来る訳で・・・大切な映画です。

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で、お揃いの椅子と 型違いの黄色のマグを置いた場面では・・・来生たかおさんの「おだやかな構図」という歌です。お姉さんである来生えつこさんが詩を書き、弟である来生たかおさんがメロディーをつけた一曲。何気ない日常の場面の中で お互いを思いやる2人の姿が 浮かんでくる 大好きな歌です。こんな歌、ほかにはありません。

音楽のある暮らし・・・をしている方はたくさんいるでしょう。でも、音楽が感じられる暮らしは なかなかできるものではありません。それは ただ流れている音楽と、聞きたくて聞く音楽の違いと同じです。私は 音楽が聞こえてくるような暮らしがしたいと 思うのです。

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秋の夜長・・・ドラマとか映画が夜の楽しみです。

先日、なにげに見始めた聞いたこともないタイトルの映画・・・半信半疑で見始めたものの 面白くて どんどん引き込まれていきました。最後まで見終わって 家族みんなが「面白かった。」といいました。希なことです。しかも 話題すら聞いたことのない映画で・・・

そして 数日が経ち・・・かみさんが 図書館へと出かけて行き 借りてきた本は その映画の原作者が書いたものでした。やはり そのどれもが面白かったようで・・・ある朝、突然こんなことを言い始めました。

「今こうして お店をやっていられるのも 不思議なことだよね。」って・・・私の祖父が 本州から北海道に来ていなければ・・・・かみさんも北海道に来ていなければ・・・私に出会って、お店をやろうと言い始めていなければ・・・今 こうしていることも無かったはず・・・お店をやっていることで たくさんの人に出会い、少なからず その方の暮らしの一部に 何かしらの影響を与えていることで 役に立っているとしたら・・・そこに 生きる価値があるのかもしれない・・・というような話だったと思います。

普段、私から話すことはあっても かみさんからそんなふうな話を切り出されることも希なので、借りてきた本を読むことで 感じたことがあったんだろうな・・・と思いました。

滅多にする話じゃないけど そんな話を聞けて 私は安心しました。そう思えることは 案外、これから起こりうる 全ての事に 同じ気持ちで向かうことができると 感じたからです。この先の 二人の人生に 大切な道標となりそうです。

そんな気持ちを聞かせてくれたのも 素敵な本と出会えたから・・・今こうして、一緒に暮らしていられるから・・・思うこと、感じたことを共有できるから。

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ため息。

「ため息をつくと幸せが一つ逃げてしまうよ。」と言われます。ため息は 付いちゃいけないような言い回しです。

でも 確かに、うまくいっていない時や 落ち込むようなことがあった時のため息は 良くないような気がします。

人は生きていれば そりゃ いいことばかりあるなんてことは ありません。むしろ 毎日がため息の連続・・・その中で ちょっとしたいいことがある・・・そんな繰り返しで 人生は出来ているような気がします。

でも、ため息って悪いことばかりじゃありません。恋をすれば ため息の一つや二つ当たり前に 付いてしまいます。うまくいっていない時だから・・・そうとも言い切れません。相手を思い 付くため息には 無意識のうちにこもる思いがありますから。

以前にも ご紹介したことがあると思うのですが、札幌の芸術の森にある 有島武郎の家が私は大好きです。古い洋館で 縁側に通じる子供部屋があり、メインの座敷は広く、でも 土間のある台所も階段も2階の応接間も どことなく洋風で・・・2階の小さな窓から覗く 玄関前の小道の景色も素敵で・・・・こんな家に住みたい・・・という思いがいっぱいになり、そっと あぐらを組んで目を閉じては 深いため息をつくのです。

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ため息というのは 本当の心を表す仕草のようなものかもしれません。何も 思いがなければ付くようなこともないからです。心で思うことが 仕草として現れるなんて 私には そう悪いものとは思えないのです。

でも、日々暮らしていれば 「今夜は何を食べよう・・・」と考えながら 付くようなため息は よくあります。そういうのとは別として、恋をしたり、本当の心の底から出てくるような ため息を付くことは そうそうないと思います。特別なことのような気がしますから・・・。わざわざ出かける有島武郎の家もそうであるように いいため息を付くには 心の内をさらけ出せる 時間や場所が必要なのです。

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自分の思いを見つめながら ため息を付ける時間を持つことは そんなに悪くはないと思うのです。そんな場所 あなたにもあるといいですね。

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海へ。

うちのお店 定休日がありません。まるでコンビニのようですが 理由あってのことでそう決めたのです。

雑貨店は 因果な商売で、誰もが必要とするものではありません。均一ショップがあれば 今の時代 大抵のものは手軽に買えてしまうので それで問題なしとする人が大半を占めています。均一ショップが閉まっていて 困る人は大勢いても 小さな雑貨店が定休日で閉まっていても 困る人は皆無に近いでしょう。

それでも定休日を設けない理由は 勿論 日々の売り上げが大事ということはあります。でも、本当に大切にしたいのは 求めてくれるお客様にとって いつも変わらず、ふと思い立った時に来ていただいても 何かを感じ、大切な何かを見つけることのできる場所でありたいと思うからです。大切な 思いのある時間は どこにでも転がっているものではないと思うのです。

年をとってまだ続けていられれば 体もきつくなり、今のような営業は続けられなくなりそうですが 今できることは 自分で思い描く暮らしは 自分が大切にしている時間を使って 自分で積み上げていくものだと感じていただくこと・・・そのヒントは 好きな音楽や映画や本や服や食や仕事や遊びや喜びや悲しみや暮らしの中に 見出すことができること・・・そんなことを考えながら 日々 開け続ける店でありたいと思うことです。

そんな偏屈な考えの持ち主についてきてくれるかみさんには 感謝の気持ちしかありません。お休みが無いから 何処へも連れて行ってあげることも出来ません。(ごめんね。)ある意味、私自身も同じです。好きな海にも なかなか行けません。でも、行ったら行ったで大変なこともわかっています。駐車場に入るまでが一苦労だし、海辺は人で混雑しているし・・・なかなか行けないから 思い描く本当に行きたい海を 心の中に広げます。

穏やかな波が行ったり来たりする 人影もまばらな静かな砂浜。腰を下ろして何も考えず 波の音に耳を傾けて・・・そんな景色を見せてくれるのも こういうものがあればこそ。いつか行こうね。そんな海へ。

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お洒落な人。

皆さんお洒落って意識されてますか?では、あなたのお洒落ってどういうものでしょう。

洋服に気を使うっていうのが常識的には お洒落っていうのかもしれません。一言で 言い表せないのがお洒落ではあります。

高級品に身を包むとお洒落してるって気にはなります。話題のものに身を包むのがお洒落って考え方もあります。こういう時代ですから 人がたくさんいるお店で買えればいいと考える人も少なくはないと思います。

興味はあるのだけど 深く突っ込まずにいられる事。それが 今のお洒落のような気がします。考え出すと 答えのない堂々巡りになりますから 思い悩むだけ時間の無駄・・・そう考える人も多いような気がするのです。

いいものを着ていても お洒落だとは限らない。さりげないものを着ていてもお洒落と思える人がいる。案外そういうものだと思います。

もしも一言で表すとしたなら・・・「自分自身が自然体でいられる事。」のような気がします。でも、それこそが 大変なことだと思うのです。自然体とは 見てくれの問題では無いのです。何を着るかは 二の次のお話です。むしろ、その人となりが 持っている佇まいみたいなものだから 問題だし、考えることはたいへんなことなのです。

もしかして、その大半は その人の考え方や生き方に通じるものなのかもしれません。暮らし方は その人を知らぬ間に形作っていきます。見てくれでは 隠せないものだったりします。その人の 言葉や態度、ものの考え方に触れたとき 着ているものも含め その人が持つ佇まいに、お洒落を感じるのです。

毎日の暮らしは大変です。そんなことを考えるいとまもありません。でも、洋服を買いに出かけるとき大切なのは 雑誌で流行をチェックすることより大切なことのような気がするのです。

ファストファッション全盛の時代。むしろ お洒落という言葉は置いてきぼりになっている気がします。それでも どんな時代になっても 表面的には気になることには 違いありません。少なくとも私には 一生をかけて自然体で取り組むべきことのような気がしています。

例えば・・・・・・招かれて お宅にお邪魔するとします。

飲みものを用意してくださいました。「普段から作ってるから。」と言いつつも 冷たい紅茶と手作りジュースがテーブルに・・・「どっちにする?」ともてなしてくれた人が 洗いざらしのマドラスチェックの開襟シャツを着ているだけで・・・・・・「素敵な人だ。」と感じることでしょう。頑張ってる感じがせず、自然に振る舞えるのも 普段の暮らしが形作るものだからかもしれません。

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